ぐうたら猫の南の島昼寝

―フィリピン・カオハガン島編―

3.村と島民

村の存在
カオハガン島を他のリゾート・アイランドと決定的に違ったものにしているのは、「村」の存在である。第3世界にあるリゾート・アイランドが宿泊客(おもに外国人)のための環境をつくりだし、一般の住民とは隔絶された世界の中に滞在することになるのに対して、カオハガン島では宿泊客は島民といっしょに暮らすことになる。正確にいえば宿泊施設が村の中にあるのだ。いちおう崎山氏の住居をはじめとする宿泊施設が島の西側に、住民の多くが島の東側の村に住んでいるが、両者の間を隔てる壁があるわけではないし、宿泊者用ロッジのすぐそばに住んでいる住民ももちろんいる。両者の間の行き来も頻繁だ。

カオハガン島の東半分
島民の多くはラウイスとよばれる東部の村に住んでいる。西部とくらべて住宅が密集し、生活の匂いがする。


実はこの村や村人の存在が、旅行者の目から見た際のカオハガン島の最大の特徴であり、興味ある点でもあるのだ。前章で述べたようにカオハガン島には野宿の経験のない一般の旅行者でも困らないだけの設備が整っているし、スキューバ・ダイビングなどの手配もやってくれるので、普通に南の島の休日を過ごすために訪れても十分楽しめる島である。しかし島民の村を間近に観察できること、島民たちの生活を垣間見、彼らと交流を持てることが、この島の最大の「売り」であるとも言えるのだ。前章でも紹介したスタッフの一人であった坂田さんの言葉のとおり、フィリピンの人々の生活を、きわめて安全に間近に見ることのできる希有な島なのだ。

安全といえば、カオハガンはきわめて安全な島である。海外を旅行する際は(最近は日本国内でもそうであるが)、盗難の心配をしなければならないのが常である。ところがこの島ではその心配がない。ロッジにはまともな鍵などついていないし、ましてやセーフティー・ボックスなどない。開けっぴろげなロッジに貴重品をはじめとする身の回りの物を置いておくことになるわけだが、これまで大きな問題が起こったことはないようだ。

また日本と経済格差の大きな国を訪問した際には、しつこい物売りなどに悩まされるのが常であるが、「島民はすれていません」と宿泊者に対する注意書きにもあるように、この島ではそういう心配もあまりない。

清潔な島
先にも述べたように、島民の多くは島の東側に住んでいる。砂州(ポントグ)のひろがる西側よりも海が深く、漁のための船が着きやすいからだと聞いた。つまり港に適しているわけだ。村は礼拝堂とその隣にある広場を中心にひろがっている。礼拝堂が中心にあるのはヨーロッパの町と同様。キリスト教がすっかり根をおろしているフィリピンらしい光景だ。商店らしいものはわずかに3件ほど。子供たちが群がってお菓子などを買っている風景は、少し前の日本の街中にもあった懐かしいもの。

礼拝堂とその前の広場
島の中心に礼拝堂と広場があるのは、ヨーロッパの町を思わせる。


島の西側は崎山氏の住居や宿泊施設、それに数軒の家や学校がある程度で、あとはヤシなどの森が広がっているのに対して、東側は家が立て込み、人の密度を感じる。家は竹を薄くそいだもので編んだ伝統的工法の壁に板などを打ちつけた粗末なものが中心で、豪華とはいえない。こうした家がかなり密集して建っているが、スラムという印象は受けない。これがマニラやセブといった大都会周辺であったなら腐臭ただようスラム街となったかもしれないが、島の風が淀んだものをすべて吹き払ってくれるためか、不潔な感じは受けなかった。

淀みや停滞がすべての悪事の元凶のような気がする。崎山氏の著作の中でたびたびこの島の「風」について触れているが、一年中、北や南から吹く風や、干満の差の大きい潮によって汚いものを排除してくれるカオハガン島は、清潔感を感じさせる島である。かくいうぶらぶら猫も東京の部屋の中にこもりっぱなしで仕事をしていたせいか多少すぐれなかった体調が、この島の風に吹かれてすっかり良くなった。 もちろん島が清潔なのは風や海のおかげだけではなく、島民による掃除が行き届いているためでもある。

村の風景
使っている材料も工法も豪華なものではないが、汚らしい印象は与えない。各戸が雨水を貯める甕(かめ)を備える。崎山氏の著作によると、昔は塀などまったくなかったが、最近徐々に自分の家の周りを塀で囲う人が増えてきているそうだ。



崎山さんの著作にも犬の話がよくでてくるように、この島には犬が多い。それも野生味を残したちょっと「恐い」犬たちである。島を訪れたばかりの人間にとって、この犬はちょっとばかりやっかいな存在である。

ぶらぶら猫が訪れた時、崎山氏の家で飼われていた犬は4匹いた(猫は2匹)。彼らは問題無い。日本からきた宿泊客は、ご主人である崎山氏やスタッフの方々の仲間であることを認知するのか、すぐになついてくれる。問題は島民が飼っている村の犬たちである。はじめて村に行く時はちょっと勇気が必要だ。村の入り口に村人の犬たちがうなり声をあげながら待ち構えていて、よそ者の侵入を警戒するのだ。本気でかみついたりすることはないようだが、恐い顔した犬がうなり声をあげたり、吠えながら近づいてくると、村の中に入るのをためらってしまう。

一番いいのは崎山氏の家の犬を連れていくことだ。宿泊客にすぐに慣れてくれる彼(彼女)らは、ガイド兼ボディー・ガードとしてお供についてきてくれる。彼らがいっしょなら村の犬たちも容易に手はだせない。なにしろ崎山氏の犬はボスであるアボという名の犬をはじめ、島の犬社会の有力者ぞろいなのだ。

崎山氏の著作の中にも島の犬社会のことが紹介されており、多くの人がアボら崎山氏の強い犬達に興味をもって接していたが、力関係だとか権力だとかに興味のないぶらぶら猫としては、4匹の中では犬社会の権力闘争とは無縁なタビという犬が一番かわいいと思った。ところが島から戻ってすぐ、そのタビが死んでしまったという知らせを聞いた。我々が島を離れる日の早朝、まだ真っ暗な中を見送ってくれたタビの姿が忘れられない。

雑貨屋さんの前にたわむれる子供たち
雑貨屋さんの前で、様々な年齢層の子供たちがシール貼りなどをして遊んでいた。ぶらぶら猫も隣近所の年齢層の違う子供たちが入り交じって遊ぶ環境で育っただけに、懐かしい気がした。


村人たち
崎山氏の話によると島の人口は約400人。著作にも書かれているとおり、彼が島を購入した当初から少しずつ増えている。子だくさんで、島内にはいつも元気な子供の声が響いている。ぶらぶら猫と同じ時に島に滞在されていた写真家の吉田さんは、アフリカを中心とした地域でおもに子供の写真を撮っておられる方だが、カオハガンでは被写体に事欠かないようだった。カメラを向けるとすぐに大勢集まる。ぶらぶら猫が島内でスケッチをはじめてもすぐに子供を中心とした人だかりができる。スケッチ中の地元民の反応というのは地域によって差があり、発展途上国ではもの珍しさも手伝ってすぐに人だかりができ、フランスあたりでは絵の好きそうな人間が時々話かけ、日本は一般に無関心である。

島民たちもかつては漁が中心の自給自足的生活を送ってきたが、最近では観光客向けのみやげ物販売による現金収入なども増え、徐々に貨幣経済に組み込まれてきているという。崎山氏や「南の島から」のスタッフの方々は、貨幣経済への移行はもちろん否定しないが、急激で行き過ぎた「資本主義化」は避けたい考えで、いかに島民たちに「賢明な生き方」をしてもらえるかが課題のようだ。

増殖する家
崎山さんといっしょに暮らしているキルト作家の吉田順子さんが、カシオの家がどんどん大きくなっているという話をされた。カシオは母屋から一番近いところに住んでいるおじさんで、いわば崎山氏たちとはお隣さんである。彼の家を見るとなるほど、順子さんが言うごとく、最小単位の基本型を中心に、増築に増築を重ねたあとがはっきりと見える。彼の話によるとお金を貯めるたびに家を増築し、新しい家電品を買っているそうだ。なかなか快適そうな住まいである。

竹を編んでつくった壁にヤシの葉で葺いた家がこの地域の伝統的家屋の基本型ではあるが、村の家々を見ると随分変わってきてしまっているようだ。壁にベニヤ板を貼った家も多いし、大半の家の屋根は今やトタン屋根だ。また電気が通うようになってからテレビやラジオの所有者も多くなったらしく、村を歩いているとあちこちからテレビやラジオの大音量が聞こえてくることもある。少し前までは風や波の音しか聞こえないもっと静かな村だったのであろうなと思うのはよそ者のたわ言であろう。

カシオの家
竹を編んだ壁でできたこの地域の住宅の基本型(宿泊客用ロッジがそれにあたる)を発展させたような家。高床部分と、床が地面と同じ高さの土間部分とにはっきり分かれている。なかなか快適そうである。予想したよりも物があるなという印象だった。


●カオハガン島に関する書籍
『何もなくて豊かな島』崎山克彦著、新潮社
『青い鳥の住む島』崎山克彦著、新潮社
『何もない島の豊かな料理』崎山克彦著、角川書店
『南海の小島カオハガン島主の夢のかなえかた』崎山克彦著、講談社
『世界で一番住みたい島』崎山克彦著、熊切圭介写真、PHPエディターズ・グループ
(写真集)『南島からの手紙―風の島カオハガン物語』熊切圭介写真、新潮社
『カオハガン・キルト物語』吉川順子著、文化出版局

●カオハガン島に行くには
オンワード・トラベル
http://www.oln.co.jp/

●カオハガン島関係団体などの連絡先
カオハガン・ジャパン 03-3397-2271
NGO「南の島から」事務局 03-3430-3514

*筆者 藤野優哉(ふじの・ゆうや):元編集者。1999年より1年間、絵描きを目ざしてパリに留学。3月に新宿書房より『ぶらぶら猫のパリ散歩──都市としてのパリの魅力研究』刊行。

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