ぐうたら猫の南の島昼寝

―フィリピン・カオハガン島編―

2.宿泊設備

特異な島

宿泊施設としてのカオハガン島の特徴を見てみよう。前回述べたように、崎山氏の哲学にもとづき運営されているカオハガン島は、宿泊施設として見た場合、かなり特異な存在である。

一般宿泊者の大半は崎山氏の著作物によってこの島の存在を知り、その魅力に惹かれてやって来た人々である。逆に言えば、崎山氏の著作に触れる機会のなかった人間には知られていないということだ。セブ島をあつかった某HPの掲示板に「崎山氏の著作によりカオハガン島の存在を知り、ぜひ行きたいと思ってJTBなどの旅行会社に問い合わせたが、わからないという答えだった。どうすれば行けるのか?」という書き込みをしている人がいた。つまりJTBのような大手旅行代理店でもその存在を知らない島だということだ(ただし、崎山氏の著作を読んだなら、カオハガン島の宿泊手配をオンワード・トラベルという旅行代理店が扱っていることがわかるはずなのだが、彼は何故JTBに問い合わせたのであろうか?)。

カオハガン島の西半分
カオハガン島は中央にある森をはさんで東部と西部に大きく分けられる。島民の多くはラウイスとよばれる東部の村に住んでおり、崎山氏の部屋もある母屋をはじめとして、ロッジなどといった日本からの宿泊者が利用する施設は西部にある。


ともかく、普通の南の島のリゾート・ホテルのつもりで出かけると勝手が違うと思われるかもしれない。高級レストランやブティックがあるわけではないし、プールやジャグジーがあるわけでもない。

それにしても東南アジアのリゾート・ホテルは違和感を与えるくつろげない場所であると思う。まるで植民地時代さながらに、金持ち国から来た人間が一カ所に集まって贅沢三昧をし、塀をへだてた彼方から現地の人々が彼らを羨望のまなざしで眺めている。そんな光景を思い浮かべてしまうのだ。ぶらぶら猫もインドネシアのバリ島などで、こうしたリゾート・ホテルを利用したことがある。もちろん広々とした敷地内にゆったりとつくられたホテルは快適そのものではあったが、どこかしっくりこないものがあった。

ひとつには自分の普段の生活レベルからあまりにもかけ離れた空間であること。お金持ちのお大尽なら別に特別のことではないのかもしれないが、ぶらぶら猫のような庶民にとっては、悲しいかな、落ち着けない場所でもあるのだ。もうひとつは、敷地の塀を一枚へだてたところに、ホテル内とはあまりにもかけ離れた現地の人々の生活がひろがっていることだ。そして我々を商売の対象として寄ってくる彼らのしつこさには、正直辟易した。このように豊かさと貧しさのあまりにもいびつな構造にはさまれた東南アジアのリゾート・ホテルには、最近ではあまり行きたいとは思わなくなっていた。

ところが、カオハガン島にはこのようないびつさがない。ごくごく自然に生活し、ごくごく自然に島民とふれあうことができるように「仕組まれて」いるのだ。そもそもスタートが崎山氏自身が住まわれることにあったのであり、我々は彼の家にお邪魔し、彼の友人である島民たちと接触するという感覚で過ごすことができ、普通の東南アジアのリゾート地にあるような一種の階級差を感じずに済む。もちろん「本心」はわからない。島民たちは自分たちの暮らしの中に、はるか遠くから気軽に「飛んで」くる日本人のことをどう思っているのか? しかし、崎山氏やスタッフの方々が両者をむすびつけるうまい緩衝材、あるいはパイプ役となってくれているおかげで、誰でも自然に島に入り、島民と接することができるようになっている。このような場所は、他にはそうないであろう。先日送られてきた『南の島通信』にスタッフの一人であった坂田氏(*3月で島を離れられ、セブ島で仕事されているそうだ)が「フィリピンの人々と気軽に接することのできる希有な場所」と書いておられたが、まさにその通りである。

さて、高級リゾート・ホテルなどとは趣を異にするカオハガン島ではあるが、宿泊施設として見た場合、必要最低限なものはすべてそろっているといえる。正直言って「予想していたよりきれいで快適であった」というのがぶらぶら猫の感想だ。このような島であるから、いろいろと不便なこともあるのではないか? トイレはきれいだろうか? などと都会猫のぶらぶら猫と細君は心配もしたものだが、あにはからんや、こうした心配はまったくの杞憂に終わった。温水シャワーの出ないのが最初ちょっと不便だと感じたが、南の島の民宿などはたいてい冷水のみであり、使い方さえなれてしまえば問題ない。

結論から言って、とくに野遊び(キャンプなどのアウトドア・ライフ)に慣れた人間でなくともカオハガン島をお勧めしてまったく問題はないと言える。

現地スタイルのロッジ
宿泊者の利用する部屋は、大きく分けて、母屋内の部屋、コテージ(離れ)そしてロッジの3種類に分けられ、料金的にはシャワー・トイレ付きの母屋やコテージと、シャワー・トイレが共同となるロッジの2グレードとなる。オンワード・トラベルの案内によると母屋の部屋やコテージはおもに会員用になっているようだが、空きがあれば一般の人でも泊まれるようだ。

現地スタイルのロッジ
宿泊者の多くが寝床として利用することになる現地スタイルのロッジ。『何もなくて豊かな島』によると、柱はココ椰子の材木で組み、屋根はニッパ椰子の葉で葺(ふ)き、壁や床は竹が使われているそうだ。ダイヤ模様に編まれた竹の壁は美しい。ぶらぶら猫らが泊まったロッジは、他のロッジとともに残念ながら2002年3月22日に島を襲った猛烈な嵐によって全壊してしまったそうな。ただ、現在ではまた同じスタイルで再建されたとのこと。


母屋もコテージもロッジも、すべて茅葺き屋根で島の景観に馴染んでいる。ぶらぶら猫の持論として、いかに屋根が周囲と調和しているかが美しい景色をつくりだす条件であるというのがある。日本の現代の田舎町が美しくないのは、色とりどりのトタン屋根や瓦屋根が混ざり合って、まったく調和を欠いているからだ。風光明媚な秘境の温泉地に行ったら、宿はみすぼらしいモルタルやコンクリート造りにトタン屋根でがっかりさせられることも多い。そこへいくと、崎山氏はきちんと考えてくれている。もしカオハガン島の宿泊施設がつまらないコンクリートの建物や妙なヨーロッパ調の建物であったなら、この島の風景を台無しにしていたであろう。

母屋内の部屋は高級ホテルの部屋と遜色ないくらい快適に過ごせそうであるし、海岸から少し奥まった林の中に建つコテージは広々として、周囲にはテラスが巡らされており、素晴らしいリゾートライフを送ることができるであろう。

しかし、カオハガン島に来たのなら、やはりロッジがお勧めである。竹を器用に編んでつくった壁に、やはり竹を並べた床の、現地スタイルのロッジは、風通しもよく、清潔である。はっきり言って広い部屋とはいえないが、大人2人が寝るには十分であるし、広いテラスに寝そべって、風に吹かれながら読書するのは最高である(もっとも前回述べたとおり、冬の夜は風がちょっと寒く、毛布が必要なこともある)。

共同シャワーとトイレ
2002年3月までスタッフとして働いていた坂田氏の力作。清潔だし、随所にあっと言わせられるような楽しい仕掛けがあって楽しい。


料理と飲み物
食べ物についてもまったく問題ない。崎山氏の本の中でも紹介されている料理長のアンドリンという女性がフィリピン家庭料理をベースとしたおいしい料理を出してくれる。もちろん一流レストランの洗練された味というわけにはいかないが、不満に思う人は少ないだろう。

母屋
島北側のロッジに至る道からのスケッチ。南国らしいココ椰子が天に向かってのびる。


フィリピン料理と言ってもピンこない人も多いかもしれない。中華やタイ、そして最近大ブームのベトナム料理などと違って、話題になることは少ないし、東京にあるレストランの数も多くはない。ぶらぶら猫が島に行く前に目にしたフィリピンに関する本(観光ガイドブックではない)にいたっては、「フィリピン料理はとにかくまずい」などと書かれていて、絶望的気分にもなったものだ。なにしろぶらぶら猫も細君もそろって、旅の一番の楽しみは食べ物にあると言って過言ではないのであるから(高級レストランに行くことではなく、現地の人たちが普段食するおいしいものを見つけること)。

むかし読んだ本に、おいしい料理が発達する条件として、良い食材に恵まれていることと、王朝文化の存在があげられていた。スペインに植民地化されるまで国家としてのまとまりをもたなかったフィリピンがこれら2つの条件のうちの1つを欠いているのは仕方がないとして、もうひとつの条件である食材のほうはどうであろうか?フィリピン全体についてはぶらぶら猫はよく知らないので言及を避けるとして、少なくともカオハガン島については崎山氏が著作の中でしつこいほど述べておられるように、なかなか豊かで新鮮な食材が手に入るのではないであろうか? そしてこの食材の豊かさが、おいしさの理由なのであると思う。

母屋の様子
崎山氏が住居として建てたこの母屋は、宿泊事業の事務所、食堂、厨房、部屋、だんらんスペースを提供する。


『何も無くて豊かな島』で飽食の日本から来た子供がカオハガン島の料理をおいしいと食べたという話が紹介されているが、食べ物の「本当の」おいしさというのはこういうものなのかもしれない。すなわち日本では一流の料理人のレシピによる凝った料理が惣菜やインスタント食品などでも手に入るようになっているが、何が入っているかわからない食品を、不自然な保存法で、長期の時間をおいてから食べるよりも、採れたての新鮮な食材を、あまり手を加えずに食べる方がおいしいことだってあるということだ。ジャンクフードに慣れた日本の子供の舌には、島の料理が新鮮に感じられたのであろう。

飲み物も一通りそろっていて、ミネラル・ウォーターやお茶からアルコール類まで手頃な値段で飲むことができる。坂田氏が選んだというコート・デュ・ローヌ(記憶によれば)は安いながら満足できるものだし、南国らしいラム酒もおいしい。

バー「難破船」
お酒については、さらにうれしいことに、最近海辺のバーが開店した。『青い鳥の住む島』で崎山氏がつくりたいと語っておられた海辺のバーが完成したのである。ちょうどぶらぶら猫の滞在中に仮オープンし、崎山氏自身がシェーカーをふるってくれた。その後、「難破船」という名前がついたという、このバーの船底の廃材を利用したカウンターに座って、暮れ行く夕日を眺め、潮風に吹かれつつやる一杯は、忘れ得ぬ思い出となることであろう。

バー「難破船」■島南岸の中央部に崎山氏が建てた書斎や寝室塔のそばに、氏の長年の夢だった海辺のバーが誕生した。ぶらぶら猫が行った時はスケッチのようにバーの屋根が赤く、窓枠は木目だったのだが、最近の写真(『Suntory Quarterly 第69号』に海辺のバーに関する崎山氏の記事あり)のを見ると真っ白に塗られたようである。


●カオハガン島に関する書籍
『何もなくて豊かな島』崎山克彦著、新潮社
『青い鳥の住む島』崎山克彦著、新潮社
『何もない島の豊かな料理』崎山克彦著、角川書店
『南海の小島カオハガン島主の夢のかなえかた』崎山克彦著、講談社
『世界で一番住みたい島』崎山克彦著、熊切圭介写真、PHPエディターズ・グループ
(写真集)『南島からの手紙―風の島カオハガン物語』熊切圭介写真、新潮社
『カオハガン・キルト物語』吉川順子著、文化出版局

●カオハガン島に行くには
オンワード・トラベル
http://www.oln.co.jp/

●カオハガン島関係団体などの連絡先
カオハガン・ジャパン 03-3397-2271
NGO「南の島から」事務局 03-3430-3514

*筆者 藤野優哉(ふじの・ゆうや):元編集者。1999年より1年間、絵描きを目ざしてパリに留学。3月に新宿書房より『ぶらぶら猫のパリ散歩──都市としてのパリの魅力研究』刊行。

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