トロント便り 2002晩秋

藤本成昌

(2)ラーメンと寿司

冒頭に書いた邦画の前に洋画のヴィデオをいくつか立て続けにレンタルした(ヴィデオと言ってもVHSだったりDVDだったりする)。その中の1本、『バベットの晩餐会』[ガブリエル・アクセル, 1987]を私はエヴリマンで封切り時に一度観ていた。今回、妻には「観た後できっとおいしいものが食べたくなるよ」と警告したが、終わってみるとそうでもなかった。『タンポポ』を観た後でむしょうにラーメンが食べたくなったのとは大違いだ。思うにバベットがこさえたフランス料理はどうも私たちには高級すぎたらしい。

それから間もなく日本語で書かれた月刊イベント情報誌にラーメンを食べさせてくれる日本食レストランの記事を見つけた。「たんぽぽラーメン」? これは・・・・・・・

数日後にそのレストランに行ってみると、あるある。親子丼もある。餃子も揚げ出し豆腐も枝豆もある。サッポロビールもある。壁には『タンポポ』の映画のポスターが貼ってある。やっぱり。たまたま隣の席に座ったカナダ人女性3人組が「あの映画観た?結構面白かったわよ」なんて話しているのまで耳に入ってくる。たんぽぽラーメンの味はすごくよかった。

トロントにはラーメンが食べられる日本食レストランは意外に少ない。しかし寿司のない日本食レストランはまずないと言っていいだろう。レストランというと立派に聞こえるかもしれないが、雰囲気としてはそば屋か寿司屋を想像していただきたい。それも韓国人の経営なのか、ビビンバやクッパと寿司やトンカツが同居していることも多い。ラーメンは仕込みに手間がかかるため、日本人だけを相手に商売しているわけではないこちらのレストランにとっては、レパートリーとしては二の次なのだろう。日本でもラーメン屋で西洋人を見かけることはあまりない。どうもあの、麺を音を立てて啜ることが西洋人には抵抗があるからではないかと私は想像している。それに西洋ではスープを飲むときに皿を持ち上げることもテーブルマナーに反する。ドンブリを持ち上げずにラーメンのスープは飲め干せない。

トロントでは寿司は町中に氾濫している。日本人は毎日生魚を食べて生活していると信じ込まれても不思議はないくらいだ。ちょっと大きめのスーパーマーケットに行くと、いったい誰が始めたのか、「Bento Nouveau」なるコーナーがあって、日本人(に見える)女性がにぎりやら稲荷やら太巻きやら巻き寿司やらを作り、透明のプラスティック容器に詰めて売っている。そばには海苔や酢やワサビの類が置かれている。ここだけ見ると日本のデパートの地下階にある食料品売り場の一角みたいだ。太巻きを一度試しに買ってみたが、味も見てくれも"コンビニ的"としか表現できない。一緒に売っていたベトナム風生春巻の方がかえってうまかったりする。

80年代のロンドンでは日本食レストランといえば高級レストランの代名詞みたいなものだった。今はトロントみたいになっているのだろうか。

何かの雑誌にこんなことが書いてあった---私たちは日本にいると日本の料理を「日本食」とは呼ばず「和食」と呼ぶ。言われてみるとその通りのような気がする。

話は変わって、北アメリカは今、ハロウィーンの季節である。家の前や店先にはどでかいパンプキンが置かれ、窓にはガイコツやコウモリなどのモビールやステッカーがペタペタ貼り付けられている。脱脂綿は蜘蛛の巣のつもりらしい。軒下にはてるてる坊主、いや、幽霊がいくつもぶら下がっている。コミュニティ・センターや飲み屋ではパーティやコンサートが開催され、公園にはお化け屋敷が設置される。当日になると、黒猫とかヴァンパイアとか『ロッキー・ホラー・ピクチャー・ショー』に出てくるリフ・ラフの恰好をした連中が地下鉄に乗っている。

ハロウィーンは、死者がこの世に帰ってくる日という意味では日本のお盆に相当するが、実際はただのお祭り騒ぎで、宗教的な意味のない日本のクリスマスを想像させる。日本でお盆にこんなことをするとバチが当たってしまう。ハロウィーンが終わるとすぐにクリスマスに向けての準備が始まる。すさまじい商戦が繰り広げられるのは日本と変わりないが、それでもクリスマス前夜と当日には家族水入らずの時間が用意されている。これは日本の正月に近い。

 
ハロウィーンをデザインした宝くじ]

私も今年の正月は2年ぶりに里帰りするつもりでいる。もちろん役所広司をテレビで見るためである。

*藤本成昌(ふじもと・しげまさ)は『XTC』の訳者。現在、トロントに在住。

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