トロント便り 2002晩秋

藤本成昌

(1)役所広司と二つのロンドン

最近レンタルして観た数本の邦画のヴィデオのうち、偶然にも3本に役所広司が出演していた。まず『うなぎ』[今村昌平, 1997]では平凡なサラリーマン役。次は『Shall We ダンス?』[周防正行, 1996]で、これまた平凡なサラリーマン役。3つ目は『タンポポ』[伊丹十三, 1985]でヤクザ役。これは他の2作よりも10年以上前の作品だから彼もずっと若い。それまで役所広司の出演作といえばカレーのコマーシャルぐらいしか思い浮かばなかったのだが、今では一気に3本も挙げられるようになった。

ここはカナダのオンタリオ州にあるトロント市。先月、トロント日本文化センターという、図書館を併設した文化事業施設で日本の若手監督の映画のポスターとチラシを展示していた。するとそこもまた役所広司でいっぱいだった。『Cure』、『カリスマ』、『ユリイカ』、『ニンゲン合格』――他にもいくつかあったと思う。日本にいたら役所広司の人気のすごさを知らずに一生過ごしたかもしれない。

そういえば初めて『タンポポ』を観たのも外国だった。1988年頃、ロンドンのハムステッドにあったエヴリマンという映画館でのことだ。米テキサス州にパリスという町があるようにカナダのオンタリオ州にもロンドンという町はあるが、ここで私が言っているのはイギリスのロンドンである。

エヴリマンはいわゆる名画座だったが、たまに新作も上映していた。私はどちらかというと旧作の2本立てや3本立てが楽しみだった。『タンポポ』と同時上映された映画はなんだっただろう。とにかく日本映画だったと思う。大島渚の『新宿泥棒日記』[1968]だったかもしれない。好きな映画館だったが、去年あたりになくなったと雑誌で読んだ。

なくなったといえば、キングズ・クロス駅近くのスカラという映画館もしばらく前につぶれたらしい。これもイギリスのロンドンの話である。スカラ座は当時住んでいたフラットから歩いて10分くらいの距離にあった。シュワンクマイエルやパゾリーニの特集を観た記憶がある。あれはパゾリーニのときだったと思うが、休憩時間に売店のある広間に出ると、トレヴァー・ゴロンウィが椅子に座ってお茶を啜っていたので挨拶を交わした。彼はキャンバウェル・ナウというバンドでベースを弾いていたウェールズ人である。私たちはしばらく前に同じアルバイト先で働いていたことがあったのだ。バンドが解散した後はコンピュータ・ミュージックを勉強していると言っていたが、それも15年以上前の話だ。今はどうしているんだろう。

パゾリーニの映画の方はというと、『アラビアン・ナイト』[1974]で、以前あったと思っていたシーンがいつまで経っても出てこないので妙に思った記憶がある。検閲でカットされたに違いない。

一方、カナダのロンドンは、ニヒリスト・スパズム・バンドという、この国が世界に誇るノイズ・ミュージック集団の本拠地として有名である。出す音にも驚かされるが、彼らは地元で'66年以来、殆ど欠かすことなく毎週月曜日にライブを行っていると聞くとまた驚きである。日本にもファンは多く、90年代に二度の来日公演を行っている。バンドのドキュメンタリー映画『What About Me: The Rise of The Nihilist Spasm Band』[ゼヴ・アッシャー, 2001]には、'99年の来日時にタモリが司会するテレビ番組に出演した時の様子が収録されていた。準メンバーとして日本人の女性が参加していたこともあるらしい。なお、「ニヒリスト」(nihilist)の原音は「ナイアリスト」に近い。

昨年、NSBはトロントまで出張演奏にやってきた(その日は月曜日ではなかった)。オンタリオ美術館の隣にあるオンタリオ美術学校で、NSBのメンバーだった芸術家グレッグ・カーノウの展覧会開催を祝うイベントがあったのだ。カーノウ自身は10年ほど前に自転車の事故で亡くなっている。基本的には故人を知る芸術家仲間や学校関係者の集まりだったのだが、一般人も入場できたので、私も妻とバンドの演奏目当てに出掛けることにした。入場料を払うとドリンクとスナックのクーポンがもらえた。会場である広間の壁に掛かっている作品を眺めているうちに人が増え始めた。バンドのメンバーも来客と歓談している。妻はメンバーの一人にバッジをもらって喜んでいる。日本のアルケミー・レコードからリリースされたCDが売られている。

さて、校長と思しき人物のスピーチが終わり、バンドのメンバーが耳栓を装着すると、いよいよ演奏が始まる。カーノウの音楽家としての芸術活動を知らないでやってきた観客は仰天したに違いない。そして自分たちも耳栓を持参しなかったことを即座に後悔しただろう。妻が開演前にリクエストしておいた曲(というかなんというか)もちゃんとやってくれた。ああ、喧しい。

今年になってNSBの轟音はソニック・ユースの前座として再度トロントを襲ったが、これは観ていない。ソニック・ユースが前座だったら行っていたかもしれない。

*藤本成昌(ふじもと・しげまさ)は『XTC』の訳者。現在、トロントに在住。

藤本成昌コラムTOPへ