(34)アメリカ其1
[2022/4/23]

『彷書月刊』(ほうしょげっかん)という古書と古書店をテーマにした情報雑誌があった。発行元は弘隆社、創刊は1985年9月で、2010年10月号(通算300号)をもって休刊となった。編集長は古本屋の「なないろ文庫ふしぎ堂」店主・田村治芳(1950~2011)さんだ。田村さんは同誌が休刊した翌年の1月1日に亡くなっている。享年60だった。
実は田村治芳さんの「なないろ文庫ふしぎ堂」が東急大井町線・九品仏駅の踏切のすぐ横で、そこから編集装丁家の田村義也さんの家が近いこともあり、二人は知り合いだった。その縁で私は1992年11月の同誌の特集「はたちの頃に読んだ本」に一文を書かせてもらったことがある(「俎板橋だより」(82)参照)。そんなこともあって、1993年の7月号、8月号、9月号に巻頭エッセイを書かせてもらった。今回そのエッセイを復刻して3回に分けて再掲載しようと思う。誤字、脱字、誤りは今回訂正した。

小さな町から生まれる狂気―アメリカ(1)

いまからちょうど20年前の1973年の秋の1ヶ月をミシガン州にある農場にやっかいになったことがある。空港のあるフリントから車で3時間、五大湖を割ったように突き出ているサム(親指)と呼ばれる半島の真ん中にある、トウモロコシ畑に囲まれた村、ノースブランチ。郡の名前はラピーアといった。人口はわずか800人余だった。後で気がついたのだが、永井荷風が滞在して『あめりか物語』で記している町カラマズーが、ここからかなり近いところにある。
その村のダウンタウン(といってもバーが1軒、ドラッグストアが1軒だけだが)のはずれに、大きな看板が立っていた。赤い下地に白い文字で、“Get us out of UN!”と書いてあったのを鮮明におぼえている。この時、私には何かこの小さな町にも変わりもんがいるのだな、程度にしか思えなかった。
『ビレッジ・ヴォイス』紙のライター、ジェームズ・リッジウェイは、その活動は人々に知られても、誰もが彼らの思想や歴史について完全に無視してきた右翼白人人種差別主義運動について1970年代から20数年にわたって取材を続けてきた。彼の本(邦訳近刊『アメリカの極右』*)はKKKからナチ・スキンヘッズまでの極右(ファーライト)の思想と行動を、彼らの生の(極めてクレイジーで神代文字的な)文書で克明にトレースしている。その中のひとりにアーリアン・ネーションズの指導者、R・マイルズが登場する。かれは、フリントにある自宅の農場に極右各派の指導者を集め、統一をはかる。1973年の夏にも大きな集会が開かれていた。彼らの主張のうち、当時も今もあるものに、「国連(UN)から即時脱退」がある。
アメリカの中西部(ミッドウエスト)は、アメリカのハートランド(心臓部)とも穀倉地帯とも呼ばれている。五大湖沿岸、オハイオ、ミズーリ両川流域がその地域で、草の根民主主義と保守性を相持つ風土といわれ、農民層のその政治的影響は大きく、絶えず連邦政府を揺り動かしてきた。
アメリカの極右はこのハートランドの小さな町の酒場の隅に起こる微かな不満の渦を、一晩のうちに何百万人の人々を巻き込む大きな竜巻にかえてきたのだ。映画『背信の日々』でトム・ベレンジャーが演じる白人至上主義者の農場主のイメージが極めてリアルな事象からきていることが納得できた。
私は、あの町にあった看板の意味が20年後にようやく理解できたのである。

*『アメリカの極右―白人右派による新しい人種差別運動』 ジェームズ・リッジウェイ 著、山本裕之 訳、中垣信夫 装丁、新宿書房、1993年


本表紙(見開き)