(26)映像の百科事典「エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ」
[2022/2/26]

東中野のSpace&Cafeポレポレ坐の中植(なかうえ)きさらさんから、1冊のパンフが送られてきた。
『20世紀の映像の百科事典 「エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ」「映像のフィールド・ワーク」ノート① こな ねる たべる』。B5横・44頁・中綴じ、販売価格は500円(税込)だそうだ。発行は2021年12月8日、発行人は下中財団/EC活用プロジェクト(下中菜穂・中植きさら・丹羽朋子)。


パンフの表紙

エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ、通称「ECフィルム」。とても懐かしい響きだ。1970年、この年の4月に平凡社に入社した私は、社内の敷地の中を堂々と闊歩している岡田桑三・一男の親子の姿をよく見た。この年、平凡社はECフィルムの購入を決めたのだ。ECフィルムとは、サイトやこのパンフを覗くと次のような説明がされている。

ECフィルム=「エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ」は、世界中の人々の暮らし、生き物の生態を記録して、映像による百科事典を作るという壮大なプロジェクトである。1952年、ドイツ(当時は西ドイツ)のゲッチンゲンにあった国立科学映画研究所で、科学映像をめぐる一大計画が始まり、以後30年近くを費やして数多くの研究者・カメラマンが世界各地に赴き、現在では失われている暮らしの技法や儀礼などの貴重な記録を含む3000タイトル強を16ミリフィルムで撮影し、映像アーカイブを構築した。演出や解説、BGMを徹底的に避け、百科事典の項目のように断片化することで、比較を可能にする体系的な映像を目指して作られたECフィルムは、20世紀の民族誌映像のひとつの型を作ったとも言われている。製作されたECフィルムは各国機関に渡り、日本でも1970年より下中記念財団内の「ECアーカイブス」で、アジアで唯一のフルセットの映像が管理・運用されている。下中記念財団とは、平凡社の創業者・下中弥三郎(しもなか・やさぶろう1878~1961)の業績を記念してつくられた組織だ。

しかし、16ミリフィルムという媒体の衰退とともに上映の機会が少なくなり、フィルムは倉庫に眠ったままとなった。このECフィルムの再発見と再活用は文化人類学者・言語学者の西江雅之(にしえ・まさゆき1937~2015)の「面白い映像だ、眠らせておくのはもったいない」という発言のひとことから始まる。この言葉を受けて、2012年から手探りで上映会を組織してきた3人(下中菜穂、丹羽朋子、中植きさら)の上映記録ノートがこのパンフなのだ。

このECフィルムを日本に紹介したのは岡田桑三(1903~83)だ。岡田は映画俳優(山内光)、満映(映画製作者)、『FRONT』の東方社(初代理事長)、映画製作会社「東京シネマ」の経営者と、実に多彩な経歴を持つ。それを示す、『岡田桑三 映像の世紀 : グラフィズム・プロパガンダ・科学映画』川崎賢子・原田健一著、平凡社、2002)という本がある。
岡田桑三については、息子の岡田一男さんの文にゆずろう。
http://tokyocinema.net/sozo.htm
http://ecfilm.net/yomimono/okadakazuo01
https://ethnoscinema.com/wp-content/upl.....
http://tokyocinema.net/tcci.htm

東京シネマは1954年から66年までの間におよそ100本あまりの科学映画を製作した。東京シネマの最初の作品は『ビール誕生』。ある本ではこう紹介されている。「イーストマンカラーによる35ミリ・15分の極彩色PR映画『ビール誕生』が東宝系のロードショー劇場でアメリカ劇映画『スタア誕生』と同時上映され、そのスマートな構成とともに評判となった」(田中純一郎著『日本教育映画発達史』蝸牛社、1979)。
この映画の監督があの柳澤壽男(やなぎさわ・ひさお1916~99)なのだ。『そっちやない、こっちや 映画監督・柳澤壽男の世界』(新宿書房、2018)に収録されている「柳澤壽男フィルモグラフィー」と「柳澤壽男年譜」を開いてみる。柳澤監督は前年の1953年に岩波映画製作所と契約していて、この年、早くも他社の作品1本と3本の岩波映画製作所作品を監督。翌54年は『のびゆく化繊』『レーヨンの科学』(いずれも岩波映画製作所)の後、この東京シネマの『ビール誕生』を手がけている。「柳澤壽男フィルモグラフィー」の『ビール誕生』の記述はそっけない。どういう理由で東京シネマの作品に参加したのだろうか。しかし、脚本=吉見泰、撮影=小林米作という、以後東京シネマの軸となる強力スタッフの陣容が早くも出来上がっている作品である。
「科学映像館」というサイトでは、この『ビール誕生』の全編を見ることができる。