Vol.44 [20002/09/3]

四谷三栄町耳袋 (14)

(1)森羅万象の中へ

早いものだ。山尾三省さんが昨年(2001年)8月28日に亡くなってから、早くも1年がたつ。東村山市にある三島悟さんのお店、MARUでは、山尾三省一周忌追悼記念と銘打って、高野健三写真展 「森羅万象の中へ」 を開く(9月1日から15日)。会期中の6日には、内田ボブの歌と長沢哲夫の詩の朗読、翌7日は山里勝己と野田研一のトークがある。

MARU:電話042-395-4430(西武新宿線東村山駅至近)

(2)松岳社の移転

新宿書房のほとんどの本の製本をしてもらっているのが、松岳社(しょうがくしゃ)こと青木製本所。『広辞苑』や岩波文庫、岩波新書などの製本を担当している、日本有数の製本会社だ。

その青木製本所が、9月2日に工場を創業地(昭和24年=1959年)である現在の新宿区新小川町から埼玉県八潮市に移転するという。ある日、引越しの整理から、こんな本が出てきましたので、よかったら読んでくださいと、小林常務が届けてくれた。

フランス装のちつ入りの『職人の唄』(青木寅松著)という本だ。先々代、つまり創業者の青木寅松さんご本人が書きとめていた回想を亡くなられた後にまとめたものだ。発行は昭和48年8月、印刷は精興社、製本はもちろん松岳社。これがなかなか面白い。

現在では製本業界も他の出版関連業界同様、東京に一極集中しているが、大正時代はまだ江戸時代の出版文化の名残りか、大阪では製本業が盛んだったらしい。寅松さん(明治35年生まれ)は大阪に製本の修行にでかける。そこで当時大流行した立川(「たてかわ」とも)文庫の製本の仕事につく。立川文庫については『立川文庫の英雄たち』(足立巻一、文和書房、中公文庫)という本があった。

立川文庫は明治44年(1911)から大正12年(1923)にかけて大阪の立川文明堂から出版されて大ヒットした小型講談本。ここから「猿飛佐助」などのヒーローが生まれ、後の大衆文学の源流となった。

立川文庫はポケット判(四六半さい本)、天金総クロース装丁、箔は金箔、白箔2度押し、糸かがり、背角上製本。これで定価は50銭。今と違って当時は折、仕上げ、表紙貼り、箔押しまで全部直工場で仕上げたという。これを毎日1万部も生産していたというから、驚きだ。このあたりの職人の世界が生き生きと語られている。

製本屋、夏の三月は喰いかねるといって、夏場は仕事がなく、このときは返品本の奥付切り替えや表紙取替えをした。表紙貼りだけでも糊つけ3年膠つけ3年、などといったエピソード満載の本だ。

松岳社 青木製本所:http://shogakusha.co.jp

(3)図書館の仕事

図書館をめぐる議論が盛んだ。そのなかで図書館のリーダーとして素晴らしい仕事を続けているのが、浦安市立図書館だ。先日、図書館の方から、ホームページ上の催しで小社の『こども遊び大全』の紹介文と表紙を掲載させてもらえないかとの、電話をいただいた。ページ更新が終わりましたとの連絡をまたいただいたので、さっそく覗いてみる。

「展示案内」は“ちょっと昔の「モノ」語り-身近な生活文化史”というタイトル。「はじめに」「本の紹介」「図書目録」の3部構成。図書館がもっともっと活用されていい。そのためにも、その図書館が所蔵している本をどのように紹介していくか。おもしろい切り口はいろいろあるはずだ。浦安の試みはなかなか素晴らしいものだと思う。

図書館が館内でもオンライン上でも調べ物の案内役になること。さまざまな行事(映画会、講演会、近隣大学との連携など)を通して、図書館が地域の知的な拠点に変貌する。これを地道にずっと追求してきたのが、浦安市立図書館だ。

この夏、「昔あそび」「駄菓子屋」についての書店や博物館などでさまざまなイベントが行われた。その流れに押されて、昨年ひさかたぶりに新版として復刊した『こども遊び大全』を今回再度重版することができた。

浦安市立図書館:http://library.city.urayasu.chiba.jp/

(4)北沢恒彦『隠された地図』

北沢街子さん(『メルボルンの黒い髪』の著者)から、久しぶりに便りをもらう。

北沢恒彦著
『隠された地図』
2002年10月下旬刊行予定
発行:クレイン
編集構成:編集グループ〈SURE〉
四六判上製 300ページ
定価本体2500円
目次:ミシュレの日記から、書評・丸山真男「反動の概念」、セブンティーンの「武装」(朝鮮戦争下の高校生活)

街子さんが自死したお父さんの恒彦さんの遺稿集を編集して刊行するというのだ。北沢恒彦さんは、『アンビヴァレント・モダーンズ』の共訳者でもある。この本のもうひとりの共訳者の黒川創(本名・北沢恒)さんは北沢恒彦さんの息子であり、街子さんのお兄さんだ。

黒川さんにはかつて「〈外地〉の日本語文学選 全3巻」という大仕事をしてもらったことがある。今回の『隠された地図』では「北沢恒彦の著作をめぐる年譜」(120枚)を書き下ろす予定だという。

その黒川創さんはいまは評論家というより、作家として活躍している。昨年の『もどろぎ』、今年の『イカロスの森』と、2年連続、芥川賞の最終予選までのこる作品を発表している。

ここしばらくは小説に専念したいという黒川さんは集英社のサイト「文学カフェ」でつぎのように語る。

「小説というジャンルを深く信じているというわけではないんです。評論のための評論めいたものを再生産したくないという思いがあるし、もっと言えば、そうしたものを書くことに飽きちゃった面もある(笑)。ただ、たとえば、僕は『国境』で外地の日本語文学について書きましたが、どうして彼らがああいったものを書いたのか、といったことに関してもっと自分なりに深く考える仕掛けを作りたくなった。今の僕にとって、小説がそうした手立てになっている。まあ、あまり器用じゃないですから、目の前にあることを一つ一つやっていくしかない(笑)」

すばる文学カフェ:http://subaru.shueisha.co.jp/html/person/p0106_f.html

編集グループ〈SURE〉:京都市左京区吉田泉殿町47 電話ファクス075-761-2391

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