Vol.43 [20002/07/30]
四谷三栄町耳袋 (13)
(1)感動の研究
にわかサッカーファンだったが、それでもまるまる一ヶ月間、首までサッカー漬けになると、その後遺症なのか、いまだに仕事が手につかない。それにすごい疲労感を覚える。しかしいろんなことを学ばしてもらった。ほんとうに感謝している。私にとっては、まさに生きた総合学習の時間だった。
アイルランドとトルコの活躍は関連している本を出している手前、うれしかった。
W杯について、さまざまな情報が流された。そして数多くのコメントも発表された。そのなかで三つのコメントを紹介したい。一つは、関川夏央(作家)。韓国が世界からの進出の対象であった時代から、自らの手で世界に進出しているいま、ひとびとはいつまでも「テーハンミングック」と絶叫してるわけにはいかない。これからは他人の歌もうたうこともしなくてはいけない。
<韓国型ナショナリズムはこれまで、「民族はすべて」「コリアはひとつ」「日本には負けない」といった、実際の先進国水準に似合わぬ中進国的力感に満ちたものだった。が、これを機会にナショナリズムを相対化して「世界の一構成部分としての韓国」という「物語」に昇華してくれれば私としては嬉しい。その道筋の先には必然的に北朝鮮の現状を「わがこと」として恥じ、かつ深く憂慮する態度が生ずるだろう。>(「日韓それぞれの[物語]目撃」読売、7月8日)
もう一つは鈴木洋史(ノンフィクションライター)のエッセイだ。彼が紹介する韓国会場での事実はこれを読むまで知らなかった。はたしてこれらをまともに報道したメディアがあったのだろうか?
<他国同士での対戦会場で自国の名を大合唱し、ナチスの印に進入禁止マークを重ねた幕や、「ヒトラーの息子達は去れ」と書いた幕を掲げる。過剰な民族主義は醜い。>(「[壊されたW杯]に怒り」毎日、7月1日夕刊)
さて、日本の会場ではどうだったのだろうか? いまごろ、こんなことがわかった。日本戦で何万枚の日の丸がスタンドで見られたのは、若手神職の組織「神道青年全国会議」の発案で、全国の小中学校の子どもたちによって色塗りされた日の丸が、会場で配られたものであったという。(朝日、7月29日)この国にはもはや物語だけでなく、語り部もいない。でもそれでいいのだろう。
W杯のヒーローは誰だろう? ロナウドあるいはイケメンの連中のベッカム、イルハン? いやそれはもちろんカーンだろう。カーンは劇画のような威圧的なゴリラのような強者のイメージだけでなく、最後には傷ついた敗者の姿も見せてくれたのである。毎日新聞専門編集委員の近藤勝重は連載小コラム「感動の研究」を全1ページ強奪して「カーンよ ありがとう」と謳いあげた。(毎日、7月10日夕刊)カーンについては我々は優勝決定戦前にすでに次のようなサイトを見ることができた(http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Screen/2230/kahn/kahn.html)。
(2)トルコ行進曲
イスタンブール在住の加瀬由美子さんが、7年のトルコ暮らしの本『犬と三日月-イスタンブールの7年』を出版したのが、5月はじめ。5月から6月にかけて3回のトークショウが開かれ、一緒に各地をまわった。6月15日(土)は大阪のOCAT大阪市難波市民学習センターで「加瀬由美子さん出版記念講演会」。地元の澤田早苗さんら加瀬さんの友人たちが準備してくれた。新聞各紙がこの会のことを紹介してくれたこともあり、大盛況だった。出席者は圧倒的に女性で、アンケートを読むと、シニアを迎えた彼女たちが海外でのロングステイに大変な興味を持っていることがわかった。だからこそ、イスタンブールで生活している加瀬さんの話が聞きたいのだ。2次会は西区南堀江にあるトルコ・レストラン「イスタンブールコナック」へ。
翌日は名古屋市に移り、中村区にあるトルコ文化センターで、「マダム・カセ トルコの暮らしを語る『泣いて笑ってイスタンブール』」。
会場のトルコ文化センターは日本トルコ中央アジア友好協会(http://www.turkeycenter.co.jp)の名古屋支部にあたるところで、トルコ語教室や名古屋周辺にいるトルコ人たちのセンターになっている。
名古屋は会場のこともあって、トルコに関心のある日本人と留学中や出稼ぎ中のトルコ人が集まってくれた。ダムの建設に長く関わってきた方や観光旅行を契機にトルコ語の勉強を始めたOL。トルコからの出稼ぎのD君に聞くと仕事は「解体」。不景気で月半分はヒマだという。高校で化学の教師をしていたが、大不況のために日本に働きにきた。彼がいま一番ほしいのは、「日本人のガールフレンド」だ。
トークショウは加瀬さんの日本語、トルコ語、そして歌(彼女は「イスタンブールのひばり」とよばれるカラオケの女王)交え、それはにぎやかで楽しいものだった。加瀬さんも3回目になって、話が抜群にうまくなる。名古屋はいまトルコ人が多く集まってきているという。トルコ・レストランも多い。夕食はセンターの人と一緒に、天白区にあるターコイズ・イスタンブールへ。お店の真ん中に大きな石窯がある、広いお店だ。
ちょうど、18日のトルコ・日本戦を2日前にした晩。話はどうしてもサッカーのことになる。ここのかなりのトルコ人が仙台に応援に行くとのことだった。仙台にもトルコ文化センターがある。ケイタイやメールのネットワークで、日本にいるトルコ人がどんどん北上しているようだ。
我々はトルコ戦前に、いや戦後でも、トルコチームのことをどれほど知っていただろうか。代表23人のうち4人はドイツうまれのドイツ育ち。バストゥルク、ユミトダバラ、タイフル、イルハン・マンシズ。これらの選手がどういうレベルの選手であるか、我々はあとで十分に知らされる。ドイツには200万人のトルコ移民がいる。イルハンたちはドイツで生まれ、ドイツ語をしゃべる。他の選手のなかにもヨーロッパンのクラブで活躍しているのが多い。このトルコチームのなかに、はたしてクルド系の選手がいるのだろうか、などと考える者がはたして何人いただろうか。かれらをだれであるかを知らずに、日本戦を迎えた我々はむしろ幸せだったのだ。
それにしても、トルコチームは日韓両チームには実に友好的だった。日本戦では後半、すべて守勢にまわり、日本へのお膳立てをサポートし続けてくれた。韓国戦ではロスタイムに素敵なプレゼントを差し出し、終了の笛を聞くやいなや、まるで用意してあったように(間違いなく用意していたのだろう)、主将のハカンシュキルが韓国の国旗を掲げ、先頭にたってフィールドを走り出し、スタジアムの中の空気を敗戦や敵対の気分から、祝祭の場に変えて、お互いの善戦をたたえ合う場にしてしまった。その結果、真っ赤に染まった観衆は表彰式では自国の声援をしばしやめ、「トーキ、トーキ(トルコ、トルコ)」と叫けぶまでになる。
W杯が終わり、日本ではイルハン人気が爆発しているという。女性週刊誌の表紙も飾った。彼の笑顔からサッカーをめぐる政治経済学を学ぶことまではいかなくとも、イルハンのバイオグラフィーから、サッカーのボーダーレスな世界を知ってほしい。トルコ・リーグの中心がイスタンブールのクラブ、ガラタサライ。そのイスタンブールへ7月12日、加瀬由美子さんは帰っていった。加瀬さんはさっそく、HPを立ち上げた。マダム・カセのさらなる健闘を祈る。http://www.geocities.co.jp/NatureLand-Sky/6080/
(3)ガリ版文化史の再版
『ガリ版文化史ー手づくりメディアの物語』(田村紀雄・志村章子編著)を重版した。初版は1985年3月。実に17年ぶりの重版である。印刷は本文は理想社印刷所(現・理想社)、付物は福音印刷(現・フクイン)、製本は青木製本所。原本のプレーヤーはいまだ不動だ。しかし、本文は活版印刷だ。紙型があるのだろうか?付物のフィルムは?
本書は長い間品切れになっていた。ちょうどいい機会なので、本の品切れ、絶版、重版の事情をご説明しよう。本はある時間がたつと残部わずかな状態になる。もちろん、これは一部の本がたどる幸せな旅の終わりで、多くの本は売れ残りの在庫を多数かかえ、そのうち断裁されたりして、適正な在庫数までに整理されたり、あるいは返品の紐も解かれず、埃をかぶったまま、眠り続け、結局そのまま潰される(断裁)運命の本が多い。なにか理由で急に売れ出したり、採用品になったりすることがある。このとき、実は在庫がわずかしかなく、ミスミス商いチャンスを逃すのだ。
問題は定価の高い本は500部でも重版が可能だが、多くは1000部ぐらい作らないと採算がとれないことだ。それに1000部を重版した場合、300部ぐらい売らないと、重版費用がカバーできない。そういうこともあって、在庫がなくなると、ハイ重版ということにななかなかならないのだ。
それと、わたしが名付けている法則に「延びきったゴムバンド初版限界説」が説がある。2000部、3000部という初版部数を決めるにも、たいした科学的なリサーチがされるわけではないが、著者の知名度、著者の既刊の実績、関連書の動きなどを当然頭に入れて判断します。強気になるか、弱気になるか、多少の違いはあってもそれなりの「正しい」範囲のなかでに判断をしていることになる。
不思議なことに、初版を売り切ると、まるでゴムバンドが延びきったように、本の勢いがなくなる。まるで本は自然死を迎えるように息絶える。刊行2年以内でほぼこの法則は当てはまる。「延びきったゴムバンド初版限界説」にしたがえば、重版は神の手が動かないかぎり、してはいけないことになる。つまり、採用品、教科書、買い上げなどの手が。しかし、教科書もいまや信用ならない。学生は本どころか、教科書も買わない。
今回、『ガリ版文化史』には神の手による風があった。正直に言おう。謄写版(ガリ版)は1894年(明治27)に堀井新治郎の堀井謄写堂によって生まれた。堀井謄写堂はホリイと名を変えていまもある。このホリイさんが、関連行事のために300部を発注してくれたのだ。
調べてもらうと、紙型もフィルムも無事にある。『ガリ版文化史』は初版どうり、活版印刷で再版された。重版部数は700部。ホリイさんには、特製の金箔文字入りの貼箱をつけての納品したので、重版費用はこれで消えた。どうか、みなさん、この縁あって再版された本を買って下さい。
ホリイ株式会社:http://www.horii.co.jp/
(4)最近いただいた本などから
雑誌『カラカラ』2002年夏創刊4号。「ちょっとデープな泡盛&沖縄情報満載」をテーマに、だいぶ落ち着いてきた。特集「泡盛の原料 タイ米の里をゆく」が読ませる。
http://www.karacara.com
『港のひと』創刊2号。 鎌倉の出版社「港のひと」のPR誌。上品な出来(装丁者=堀渕伸治)。特集が「北村太郎さんのこと」。元・田村隆一夫人で、晩年の北村太郎氏と暮らした田村和子さんのエッセイが哀しい。同誌に文を寄せている井上有紀さんのサイト「book
club ゆきのうえ」 http://www.yukinoue.comがなかなかいい。「奥付偏愛」など
contentsが楽しい。
『ありうべきアリス 矢川澄子 自作朗読』 7月28日の夕方、早稲田奉仕園で行われた、「矢川澄子さんを送る会」でいただいたもの。矢川澄子さんのことは、『ユリイカ』の臨時増刊も出るとのことなので、ここでは、ひとこと「矢川さん、おやすみなさい」。矢川さんからは、最後の新刊『アナイス・ニンの少女時代』をいただいたばかりだった。
高原イラスト館八ヶ岳 2002のカタログ。 今年は商売のうえに、すばらしいプロジェクトを考えているという。 http://www.illust-kan.co.jp
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