vol.31

カーブル幻景(2)  [2001/12/10]

いま手元に『アフガン・トラックス Afghan Trucks』という写真集がある。108ページの小さな写真集だ。1976年にロンドンの出版社から発行されている。どうしてこの本があるかというと、実は石子順造さんと相談して「百科事典にのっていない、あるいはその歴史さえ無視されている事物を発見・研究してみよう」と、『月刊百科』(平凡社の百科事典のPR誌)に、「ガラクタ百科」という連載を1973年4月号から始めた。76年3月号まで、およそ3年間毎月、ひたすら東京の町をふたりで歩いた。図書館で調べてもわからないものが多く、お店や製造元にいってインタビューするしかなかった。

石子さんはとうとう77年に亡くなり、78年に鶴見俊輔さんの序文をもらって、『ガラクタ百科』という単行本となった。連載の最後は石子さんが入院して書けなくなり、私が代筆してなんとか書いた。(この本は2000年に実に22年ぶりにカバー、表紙を変え、なかはそのまま同じ形で平凡社から初版第2刷として重版された。デザインはいずれも谷村彰彦さん)

「ガラクタ百科」の項目の一つに「デコレーション・トラック」がある。短くいえば「デコトラ」あるいは映画のタイトルにもなった「トラック野郎」あるいは「アート トラック」(1)ともいう。装飾車というと、すぐにマニラのタクシー「ジープニー」を思い起こすが、その極めつけは歴史的にも長い「アフガン・トラック」だ。結局、石子さんの文章には一言も「アフガン・トラック」のことが言及されないが、この時購入したのが、この写真集だ。

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ここをクリック(中に掲載されているトラックの写真が見られます)

(1) アート トラック愛好家のサイトの一つ。
http://www.geocities.co.jp/MotorCity/7513/

アフガン・トラックの伝統は、昔はラクダの隊商が砂漠を旅する際に、旅の幸運を祈るお守りとして、ラクダのからだにリボンや飾り房、フリンジなどをつけたことに由来するらしい。荒野に出没する邪悪の霊から身を守るための魔よけとして、商人たちは競ってラクダを満艦飾にした。この伝統がアフガン・トラックの装飾に生かされている。

アフガン・トラックの意匠は驚くほど多様で多彩だ。現代ものでは、戦闘機の空中戦やロケット、宇宙船。古いところでは、大帆船のガリオン船、蒸気船。野生の王国での人間と動物たちの生存をかけた殺し合いもある。インド風に味付けされた顔、オリエンタルの衣装をまとったソフィア・ローレンやマリリン・モンローも登場した。

これらの意匠はアフガン・トラックが地方の村々を回る際に、農民たちに夢をあたえる存在であるとともに、同時に未知の世界(近代世界)を知るための窓でもあった。そして、現在ではこのような装飾されたアフガン・トラックは顧客に喜ばれる宣伝の効用もあるという。より精巧に絵を施せば施すほど、お客が集まる。装飾は道端の人々の注意を引き、災難から神のお加護で身(商品)を盗賊(山賊)から守ることができるのだ。

9月11日のNYのWTCへのテロ攻撃の後もアフガン・トラックは健在だ。タリバン支配地域が次々と陥落すると同時に再開されたパキスタンからの国連救援物資の輸送は、まだまだ交通事情や治安が悪いとの理由で、民間業者に任されている。そこで、アフガン・トラックの登場である。いや、米軍の空爆下でもアフガン・トラックは休むことなく動いていたのかもしれない。

光文社新書の初陣をきって発売され、大いに売れている田中宇(さかい)の『タリバン』。この新書の企画が業界誌に発表されたのが、9月11日の遙か前の夏。元MSNジャーナルのスタッフライターで発信人であったが、今は国際問題解説個人サイト(2)の店主である田中さん。感度は相変わらずいい。しかし、彼のテキストはWeb向きのような気がする。

このことについては別の機会にゆっくり考えてみるが、世界の30~40ものインターネット新聞、通信社情報をたえずチェックして国際問題の解説をしている田中宇氏の海のように広い潜在的なテキストが、アナログのパッケージ(新書)になることによって、情報はたちまちone-wayで限定されたものに変容してくる。同じMSN出のデジタル・クイーンの田口ランディの場合はどうかというと、彼女は人生論のミコ(巫女)だからデジタルからアナログになっても異化作用はおこらない。

彼のその『タリバン』を読んでいると、アフガニスタンとパキスタンの間で難民をビジネスにする社会が、巨大な「膨張する密輸マーケット」を形成していることがわかる。難民キャンプの男たちの多くはトラックの運転手の仕事に就く。

(2) 「故郷に帰るアフガン難民」田中宇の目にも極彩色のトラックが写しだされている。
http://tanakanews.com/a0710afghan.htm

「ここ数年は、アフガニスタンとの輸送だけでなく、パキスタン国内の輸送も請け負うようになり」、「彼らは今や〔トラックマフィア〕となり、パキスタン経済に不可欠な集団となっている」(同書84ページ)。つまり、アフガン・トラックは今も大活躍して、国境を行き来しているのだ。マフィアのなかには両国の国境を挟む大邸宅をもち、私有地の中にトラックを通して越境させ、税関など関係なく交易しているという、まるでマンガのようなことがあるようだ。(3)もちろんここでも、アフガン・トラックの雄姿が見られる。

(3) 国境をまたぐ密輸マフィアの屋敷
http://www.melma.com/mag/12/m00001712/a00000132.html

[この項つづく]

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