vol.6

田村義也さんの装丁術 [2001/06/01]

『室蘭文藝』の第34号は「特集 八木義徳を語る」。そこで田村義也さんが、「八木義徳本を装丁する」という文章を書いている。田村義也さんは、自らは好んで「編集装丁家」を名乗る。長く岩波書店の編集者をつとめ、そのかたわら編集装丁を手がけてきた。1923年生まれというから、78歳になるにもかかわらず、いまも現役バリバリの仕事を続けている。

編集者の臼田捷治は『装丁時代』(晶文社、1999)の中で、1960年代以降を代表する11人のブックデザイナ-の一人に選び、「手づくりの重厚な触感」というタイトルで田村論を書いている。田村さんには、『のの字ものがたり』という、自分が装丁した本が、いかなる著者と編集者の邂逅からその衣裳をまとって誕生したかを回想した、素晴らしい装丁物語がある。1996年3月に朝日新聞社から刊行されているが、残念ながら現在は品切れということで、手に入らない。

「八木義徳本を装丁する」は、いつもながらの田村さんの著者に対する思いと、作業の苦労ぶりが窺われて、いいエッセイになっている。その文章は前にもましてつやがでてきており、情景描写もうまい。デザイナーはみな抜群の記憶力をもっている人種だから、ディテールは深い。田村さんには、これに編集力が加わる。最初に八木義徳を見た新宿のバー「アンダンテ」での、隅の暗がりで飲んでいる野口冨士男と八木の様子など、まるで一枚の印象派の絵画のようだ。

このエッセイには、いままであまりふれてこなかった装丁技術論を、厭味もなくさりげなく、ぽろっと開陳しているのは、老熟のせいなのであろうか。

「装丁は『表題作』のイメ-ジでつくらねばならないのは言うまでもない」

「暗い内容の本、追悼の本、年寄りの本、公害の本・・・など、そういう本はつとめて明るい色調をつかって著者の気分を引き立てたい・・・それがいつもの私のやり方である。」

「全集は書棚に並べるものであるから、背がハッキリときれいにそろって見えることが大事だ。『背文字は本の顔』なのである。」

「全集は各巻の厚さが揃うようにページ数を調整するものだが、それでも厚さ薄さの差がはげしい場合には、やむをえず本文用紙の斤量を変えて平均化するよう心がけるのである。」

「さて装丁は、まず文字づくりからだ。」

うんうん、わかる、わかる。しかも、含蓄がある。

「毛筆風の書き文字は、実際の毛筆で書いてみて筆勢のあり方を研究するが、その文字をそのままつかうことはほとんどできない。なんといっても本の背は狭すぎるのである。文字に「ハネる」や「ハラう」があると、左右にはみ出してしまうから、それを切りつめて剪定せねばならない。しかし文字が小さいと、せっかくの書き文字の効果があらわれないことになる。どだい、書き文字は、一定程度の大きさを必要とするのである。」

なるほど、なるほど。八木義徳の『家族のいる風景』『命三つ』『夕虹』や全集の装丁はこうして生まれてきた。

なんとか、『のの字ものがたり』の続編ができないものだろうか。

『室蘭文藝』発行:室蘭文芸協会 室蘭市海岸町3-6-12
         港の文学館内
         Tel.0143-22-1501

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