(50)

サメ博士に会う

[2006/1/29]

笠井逸子
 10日ほど前の土曜は大雨、でも翌日はからりと晴れ。その日、家族はみな出払い、愛犬小次郎を早めに散歩させて、静かな夕方を迎えようとしていた時でした。めったにならない固定電話が鳴りました。「笠井先生ですか」よく通るM先生の声。「突然ですが、ジニーさんが東京にいらしてるんです。今夜しか時間が取れそうになく、これからホテルに会いに行きますが、行けますか」

 3年前、新宿書房から出してもらった『サメ博士ジニーの冒険ー魚類学者ユージニ・クラーク』を翻訳したのは、このわたし。若い人向けに書かれた自伝の原書を紹介してくれたのが、同じ女子大で教えるこのM先生でした。

 ユージニ・クラーク博士は、現在84歳。世界的に著名な魚類学者として知られるばかりでなく、ダイバーとしても名高いアメリカ女性。翻訳をしている頃、わからないことがあると、メールでクラーク博士をあちこちの海(海底かな)まで追いかけたものでした。そのご本人が、2-3日だけだが東京にきている。わたしにも会いたがっているとの電話連絡でした。

 実は、このM先生とお母様そしておじ様は、クラークさんの遠い親戚にあたる家族なのです。クラークさん自身、はためにはとてもそう見えないのですが、日本人の血が混じった方。彼女の母親であるユミコさんは、ニューヨークでアメリカ人男性と結婚、ユージニ・クラークさんが生まれますが、やがて他界。のちにニューヨークで日本料理店を営んでいたノブさんという日本人男性と再婚します。こうしてノブさんは、ユージニさんの継父になりました。ノブさんは鹿児島出身で、M先生のおじいさまのいとこにあたるということで、親類関係にあったのです。

 ライトアップされた東京タワーをまぢかに見るホテルにかけつけたとき、すでに8時近く。M先生もわたしより10分ほど遅れてかけこんできました。クラークさんに同行しているアメリカ人写真家も加わり、狭いホテルの部屋に総勢6名が集りました。ひとしきり12年ぶりの再会を喜び合ったクラークさんとM先生一家、「ウーン、ちっとも変わらないわ」とお互いの感想。クラークさんは、「膝がもうだめ」とベッドから立ち上がるのも、部屋を歩き回るのも、ややつらそうでした。それでもまだ潜っているというのですから、すごい!潜るだけでなく、もちろん研究も続けておられる。

 今回の突然の訪日は、昨年NHKがニューギニアだかスマトラ島沖だかの海中でのクラークさんの研究活動を取材し、それの最終打ち合わせが主たる目的だったらしいのです。ホテルの部屋に全員が顔を会わせ紹介やら挨拶が終わると、「だれか、そこのビューローにおいたファイルを取ってくれない」とクラークさん。あっ、これだな。訪問客が来るとまずはじまるというレクチャー。クラークさんのアメリカの自宅で開催されるパーティに招かれたとします。まず遭遇するのが、この有名なレクチャーだとM先生から聞かされていました。ゲストがそろったところで、居間のスクリーンがスルスルと下り、スライドショーのはじまりはじまり。彼女の最新の発見と研究成果が発表される寸法。

 東京のホテルに持ち込まれたファイルには、大きく伸ばした海中生物のカラー写真数枚がはさまっていました。縞模様をつけたウミヘビのようにもウナギのようにも、あるいはナマズのようにも見える海中生物、これが今回発見した新種とのこと。DNA鑑定をした結果、どの種類とも異なる全くの新種であることがわかったそうです。おもしろいことに、この縞模様新生物にだけくっついて生活している、ある小さな生きものの存在も確認され、なんとそれは「ほら、そこのプラスチックバッグに入れてあるの。アメリカの研究所にもって帰るのよ」と、中を見せてくれました。写真家のスティーブ・コーギーさんが、懐中電灯で中の水を照らしてくれます。それは真ん中の部分がわずかに朱色をした1センチ直径ぐらいの丸いクラゲのような生物で、水のなかでふやかした透明のカビのようにも見えました。1匹だけ身動きもせず、プラスチック袋の底にへばりついていました。これと縞模様生物とは一体どのような関係にあるのか、それもこれからの研究課題だそうです。

 「まだ7つほど、研究したいテーマが待ってるのよ。さあ、それら全部を完成できるかどうかは疑わしいけど」くすっとクラークさんが笑いました。その笑いは、東洋的な諦めとかもっと若ければといった悔しさというものではなく、淡々としたオープンな笑いでした。「まあ、どこまでやれるか、この膝と相談しながらといったところかな」とは口に出されませんでしたが、わたしにはそのように客観的な科学者の現実直視型の感想に聞こえました。

 「もう、サメの研究はなさらないの」だれかがたずねました。「プフッー!」といった感じの音をたてられて、手を横に振られます。あれは、もういいの。若い頃のこと。といった返事でしょうか。「サメの時代もあったわね。でも、過ぎたこと」といった感じでしょうか。若い頃、熱い恋文を書いたときもあったわね、といったふうにわずかに苦笑いをされたように思えました。科学者として数々の賞を授賞され、サメに関するドキュメンタリフィルムを筆頭に多くの記録を残され、フロリダに400人もの研究スタッフをそろえた民間海洋研究所を創設された、世界的に有名な女性学者であるクラークさんに、思いもかけず会うことができ、夕食をとりながら興味深い個人的なエピソードを聞かせてもらえた楽しい夕べとなりました。

 コーギーさんが撮影した海中フィルムも見せてもらいました。パソコン画面に稚魚たちの大遊泳シーンが映し出されました。日が出ると同時に、稚魚の大群はプランクトンを求め、両親のいる穴から出ていきます。その群れは、丸くなり、帯になり、雲になり、分割し、再び合流し、日がな一日海中を泳ぎまわります。夕方になると親魚(稚魚に比べるとそのサイズはまるで怪物)の待つ穴の中へと、ちょうど掃除機ででも吸い込まれるように、一瞬のうちに入っていきます。一匹残らずです。これらの稚魚たちが栄養分をたっぷりと補給している間、両親魚たちは穴から一歩もでることはなく、したがって餌をとることもなく、じっと子供たち(その数はおそらく百万単位かと思われます)の帰還を待つというのです。

 「4分は長すぎるわね、スティーブ。少し短くできる」と、食い入るように画面を見ていたわたしたちの側で、クラークさんが写真家に注文をつけています。「だって明日の夜は、天皇陛下にご覧にいれるのよ。ちょっと長すぎるわね」

編集部注=『サメ博士ジニーの冒険』の第7章「皇太子とマンタエイ」には、皇太子(現天皇)との交流が描かれている。
写真;クラークさん(左)近影、日本の親戚の女性と(東京のホテルにて)

*筆者(かさい・いつこ)は『グリーンフィールズ『サメ博士ジニーの冒険ー魚類学者ユージニ・クラーク』の訳者。
東京都杉並区に在住。夫とボーダーコリー(小次郎)と住む。

にしおぎ暮らし・目次へ戻る


あああ
あああああああ