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昆虫記

[2005/8/1]

笠井逸子
 韓国製テレビドラマがブームである。同じ韓流でも、美男美女が登場するメロドラマは、どうも趣味に合わないけれど、木曜夜のNHK・BSチャンネルの番組は見逃せません。『チャングムの誓い』という大河ドラマに、正直、夢中。16世紀朝鮮王朝華やかりし頃(実体は隣国である強大な明国の影におびえている属国的存在らしいが)、宮廷で働く女官たちの生き様が克明に描かれる。脚本は史実にもとづいて練られたそうで、王族の料理を受け持つある優秀な若い女官が、紆余曲折の末に王様専属の女医(ドラマでは医女と表現される)にまで登りつめる、いわば宮廷キャリアウーマンの成功ものがたり。

 わたしの関心事は、もっぱらドラマの中で紹介される華やかな韓国宮廷料理の数々と、医療に使われる薬草や治療法に傾いています。たびたび登場する針を打つ場面では、近所にお住まいの鍼灸師Sさんから受けるやり方との違いにも、つい目がいってしまいます。先日も、Sさんとの話題はチャングム式鍼療法に移り、「ぶっとい針なんだよねー」と彼女の感想。ドラマの中では、これから針を打とうとする医師や医女は、まずは針を手にもって眺める。そして打ち終わると、再びその針をしばらく眺める。この行為、一体何の目的なのか、鍼灸師のSさんにもわからないそう。

 ドラマの主人公であるチャングムには、さまざまな艱難辛苦が襲いかかるのだが、ある時彼女は料理人の命である舌の感覚を失ってしまう。あちこちの名医と呼ばれる人々を訪ねて、治療を試みるものの失われた感覚は、なかなかもどってきません。絶望しかけたある日、知り合いの医者が蜂の毒を使った治療法を研究していることを、偶然知ります。蜂の毒バリを舌に刺してみてほしいと願い出ますが、研究半ばの医師はしぶります。生きものの蜂が、舌のツボに的確に針を刺してくれる保証がないからです。そこで、ふたりは蜂の毒バリをピンセットのようなもので、あらかじめ抜き取り、それを医師がすばやくチャングムの舌のツボに刺すという方法を編み出します。結果は、抜群。奇跡がおきます。みごと料理人としてのたぐいまれな舌の感覚がもどってくるというエピソードでした。

 驚いたことに、この蜂の毒バリ療法、実は今でも韓国では実践されているという解説がつづきました。現在では、蜂の毒のエキスみたいなものを注射する方法がとられているらしく、腰痛に悩む患者に効くということでした。フーン。なんだか不思議な話です。そういえば、その宮廷料理というものにも、ハチミツが頻繁に使用されます。砂糖の代わりだったのかもしれませんが、どうも韓国と蜂、ハチミツには深い関係があるらしい印象を受けました。

 さて、その蜂の毒バリですが、興味深い読み物に出会いました。大学で英語を教える仲間の先生からお借りしている本ですが、夏休み中になんとか読破しようと、久しぶりにしおりの箇所を開くと、なんとこれが蜂の話だったのです。アメリカ人作家兼養蜂家とでも呼ぶのでしょうか、Sue Hubbellという女性の書いたジャーナルA Country Year: Living the Questions(1983年、「田舎の1年 - 答えを求めて」ちょっと意訳ですが、そんな趣旨でしょうか)に出てくる話です。

 ハチミツの収穫期がやってくる夏の終わりごろ。ミズーリ州南部に位置するオザーク山地でひとり暮らしをする彼女は、蜂を育て、ハチミツを売って、なんとか生計をたてています。蜂たちは巣箱の上部にしつらえた木製の箱(スーパーと呼ぶ)の中に、ミツを蓄えます。収穫の時期、ハチミツの詰まったスーパーを取り出すためには、「蜂吹き機」と呼ばれる機械で風を送り、蜂を追い出します。その間、助手の屈強な男の子が、すばやくスーパーを取り出し、トラックに積んだ棚に運び込まなければなりません。30キロ近い重さのスーパー30から40個を、なんと30分以内に移動させなければなりません。というのも、ぐずぐずしていると、しびれを切らした蜂たちの猛攻に会うからなのです。

 今季、助手のアルバイトにやってきたのは、作者の高校生の甥っ子。蜂に刺されることを恐れない人間であることが、第一条件となるこの重労働を無事にこなすため、まずは彼の蜂刺されに対する感覚を鈍くしておく必要があります。まれにですが(彼女の説明によると人口の1パーセント)、蜂に刺されてひどいアレルギーを起こし、最悪死に至るケースもあることは、わたしたちも知っています。

 さて甥っ子への処置ですが、初日、用心のために彼の腕に氷を押し当て、まずその部分の感覚を鈍らせておきます。蜂の頭部をしっかりつかみ、お尻を彼の腕に押し付けます。蜂のハリにはギザギザがついていて、肉にくいこみやすくなっており、蜂自身はもがくうちにハリを残して自由の身になりますが、ハリを失った後、蜂の命は長くありません。ハリの先端についた球状の毒袋は、蜂の本体と分離したあとも鼓動を続け、すべての毒を体内に注入しつづける能力があります。蜂に刺された時のあの激しい痛みには、こんな自然のしかけがあったのですね。

 蜂に刺された患部ですが、赤くはれあがり、翌日にはかゆみが出てきます。これは正常な反応。翌日再び、刺します。今度は、ハリを10分ほど刺したままにして、すべての毒を出し切らせます。皮膚は再び赤くはれあがり、かゆみも出ますが、翌日にはそれが引いています。はれとかゆみが出ないようになるまで、1日に1回ずつ、蜂を刺しつづけます。次は、1日2回のハリ刺し。徐々に回数を増やし、1日10回までになる頃、はれもかゆみも出ない無反応状態に到達するというのです。

 この難行に耐える甥っ子を励ますために、彼女はこんなことを彼に言います。「うちの家系には神経痛の気があるけど、これをやってると神経痛にならないわよ。」養蜂家たちの間では、蜂刺されは神経痛の痛みをやわらげると信じられているそう。彼女もはじめの頃は、そんなのはばかげた迷信だと思っていたのですが、実際、手を刺されたあと、指の神経痛の痛みがなくなったというのです。この箇所を読んで、チャングムが使った蜂療法の効能に納得がいきました。また韓国でいまだに行なわれている腰痛治療にも、合点がいった次第。

 そういえば、わたしもハチミツから取ったというプロポリスと呼ばれるサプリメントを、毎朝おまじないみたいに飲んでいます。何でも免疫力を高めてくれるとか。犬仲間のKさんにいたっては、愛犬2匹にも、このプロポリスを与えているそうですが、効き目のほうはいかがでしょうか。
高原に行こう

*筆者(かさい・いつこ)は『グリーンフィールズ『サメ博士ジニーの冒険ー魚類学者ユージニ・クラーク』の訳者。
東京都杉並区に在住。夫とボーダーコリー(小次郎)と住む。

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