(34)

雪歩き

[2003/2/26]

笠井逸子

バレンタインの日から、3泊4日の雪国ツアーに出ました。昨年もちょうどこの時期、同じく福島県の猪苗代町に出かけ、久しぶりの雪景色に魅了され、以来くせになるというか、ことしも出かけてしまいました。

ところが昨年の厳しい雪模様とは異なり、今季の会津地方は雪不足とのこと。東北高速道郡山ジャンクションから磐越道にはいり、トンネルをいくつか抜けると「そこはもう雪国」といったいつもの気候とは、どこか様子がちがっていました。遠くの山、近くの山、ともにたっぷりの雪に覆われているといった景色ではありません。田んぼのそこここには、地面が顔をのぞかせているものもありました。

昨年の10月28日、思いもかけずどか雪が降り、紅葉狩りに訪れていた観光客と地元の住民をあわてさせました。その後1月までは、なんとか普通に降りましたが、2月にはいってからはさっぱりで、宿舎の周りの雪はばりばりに凍ったアイスバーン状態がほとんど。それでも、1年に1度きりの雪遊び、都会の人間にとっては、新鮮な驚きを経験させてくれます。

この年齢になると、もうゲレンデスキーはごめんです(というほどに、滑り込んでいたわけでもないのですが)。スノーボードをがんがん飛ばしまくる若者たちに混じって、へっぴりごしのヴォーゲン一辺倒スキーヤーでは、とても太刀打ちできそうにありません。昨年は、もっぱら周辺の雪原を歩き回り、雪歩きって楽しいもんだと実感しました。次回は、クロスカントリーにでも挑戦しようかと話していたのですが、それもなんだか結構むずかしそうで、装備やらなにやら、おっくうな感じもして、いまひとつ積極的になれませんでした。

すると連れ合いが、雑誌で見たとかいう新兵器を買ってきました。スノーシューといって、早い話が西洋かんじきです。そういえば、昨年、猪苗代町の雑貨屋さんに、かんじきを探しに行ったことを思い出しました。なぜ、買わなかったのか、売っていなかったのか、あるいはあったにしても、不恰好に思え(つまり、カッコ悪いと)、二の足を踏んだのかもしれません。

アメリカ製のスノーシュー、すぐれものでした。使用者の体重によって、いくつかのサイズが用意されています。和製かんじきは木製ですが、こちらは丈夫なアルミのパイプ製。したがって軽い。靴(わたしたちの場合は、防水用ワックスを塗りつけたトレッキングシューズ)を固定するために、3本のバックルベルトが装備され、かかとの部分は浮きあがるようになっています。この点は、日本古来のかんじきと違っており、むしろクロスカントリーの板に近いのでしょう。底には、がんじょうな爪が2ヶ所から飛び出し、雪面をかんで、すべりを防いでくれます。靴だけで歩くのとちがって、ずぼっと雪のなかに足が入り込むことがありません。

スノーシューを履いて、どこまでも気軽に楽に歩けました。いくら雪の少ない年だといっても、そこは会津地方のこと。あたり一面、雪また雪の冬景色に変わりはありません。宿舎をあとに、国立公園内の林の中へと分け入ります。ウサギとおぼしき楕円形の足跡が、点々と残されています。こげ茶色のフンを残していった小動物もいます。ほとんどが夜行性動物なので、昼間は姿を見せてくれません。それでも、1度だけ、愛犬の小次郎がなにやら生きものの気配を察知して、ツツツッと別の方向に向かいそうになったことがありました。白いノウサギが逃げていったのです。わたしは、残念ながら、この好機を逸してしまいました。

スノーシューを履いて、森のなかを歩いていると、「あっ、この景色、どこかで見たような」。ブリューゲルの『雪中の狩人』の絵に似ているような。そんな非日常の世界に誘われる思いがしました。でも、帰宅して、インターネットで検索したブリューゲルのその絵には、わたしが想像したほどに、樹木は描かれていませんでした。人の記憶はいい加減です。そのかわり、画面の左手まえに、細身の俊敏そうな猟犬が、13,4匹も描きこまれていました。小次郎は、水は苦手ですが、雪は大好き。わたしたちの前へ前へと、元気よく走り回っていました。

ふと雪のなかに、赤い血痕が数滴落ちていました。小次郎の前足から、流れたもののようです。スノーシューで足元をかため、「ああ、らくちん、らくちん」とはしゃいでいたものが、いっぺんに心配顔。はじめは凍傷にでもかかったのでは、と案じましたが、どうやらアイスバーンで固まったとげとげの雪の角で、肉球の一部を傷つけた模様。来年は、小次郎にもスノーブーツを用意する必要がありそうです。これ、まじめな話。犬用のブーツ、ちゃんとあるそうです。

*筆者(かさい・いつこ)は『グリーンフィールズ』『サメ博士ジニーの冒険ー魚類学者ユージニ・クラーク』(近刊)の訳者。
東京都杉並区に在住。夫とボーダーコリー(小次郎)と住む。

にしおぎ暮らし・目次へ戻る


あああ
あああああああ