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晩秋

[2002/12/2]

笠井逸子

10月半ば、磐梯山のふもとでは、紅葉にはまだ少し間がありました。ことしは、あと1週間か10日待てば、完全に色づくのではないか。東北の自然に後ろ髪をひかれるまま、その週末、しぶしぶ東京にもどりました。それでも、ちゃっかり、新そばと天然もののマイタケてんぷらだけは、たっぷり味わいましたが。

それからひと月、東京にもようやく本格的な秋がやってきました。わが家のささやかなガーデンにも、ご近所の樹木にも。数日前の強風のせいで、お向かいのMさん宅の屋根を覆っていたツタの葉が、すっかり落ちてしまいました。実際に見たことはないのですが、ニューイングランド地方ではさもあらんと想像される、シュガーメープルの燃えるように真っ赤な葉っぱほどには、鮮やかではありませんが、赤茶色になった大きめのツタの葉が、カサカサと無粋な音をたてて、付近の道端をころがっていきます。葉の抜けたツタの蔓には、黒い実が垂れ下がっています。

わが家のシンボルツリー(のつもり)である、紅白1本ずつのドッグウッド(ハナミズキの英語名です)も、今やほとんど裸の木。春になると赤い花をわずかにつけてくれる木のほうが、いさぎよくさっさと落葉してしまいました。赤い実を結んでくれている白い花のドッグウッドには、楕円形をした赤と黄色混じりの葉っぱが、がんばってしがみついています。それでも、ここ数日、最後の命を落とすかのように、お隣の敷地にも越境して落下していきます。ドッグウッドの葉は、案外大きくて、そこここにかたまって落ちているのを集めるのは、手間がかかります。そのままにしておけば、いい肥料になるだろうし、庭の赤レンガの小道に降り注いだ様は、絵にもなります。(と書くと、なんだか広大なガーデンの持ち主みたいに聞こえてしまいますね。)

数年前、八ヶ岳に出かけたときに求めたナナカマドの苗木は、栄養不足なのか、気候があわないせいか、ひょろひょろと頼りなげな成長ぶりのまま。今の時期、細めの葉は黄土色に変色して、力なく落ちていくばかり。東北あたりのたわわに赤い実をつけたナナカマドのような勇壮な姿は、とても期待できそうにありません。東京の寒さでは、しょせんあんな実をつけるわけはないのです。苗を買ったとき、店の人もそう断言しました。それでも、ナナカマドという名前にひかれて、旅の思い出に持ち帰った木です。

勢いよかったハーブ類もだいぶ枯れはじめています。上の方にだけ葉っぱを残しているミント類は、思いきって地面近くから切り落としておきます。2月ごろには、下から濃いグリーンの新芽が出てくるはずですから、そのときの新しい命の誕生を楽しみに待つことにしましょう。枯れたミント類のそばに、2本だけですが、背の低いブルーベリーの茂みがあります。こちらは、みごとな紅葉ぶり。鮮やかな紅の明るいその一画だけは、わが家のニューイングランドといったところ。

背の高いチェリーセージにも、赤い花が咲き始めました。秋のひんやりとした空気のなかで、花をつけるめずらしいハーブだと感心しています。グリーンの葉に、とんがった豆電球みたいな朱色の花をいっぱいつけた様は、なんだかクリスマス風であたたかい気分になります。

この夏、2階のベランダの欄干に巻きついたナツユキカズラの開花は、みごとなものでした。勝手口近くの盛り土に植えたモッコウバラのわきに、少しばかり地面が残っていました。そこを利用して、蓼科からやってきたナツユキカズラの苗を植えておいたのが、昨年の7月末のこと。2階のひさしあたりまで伸びていたところまでは、覚えていたのですが、ことしの猛暑のなか、猛烈な勢いで欄干を覆いはじめました。

お盆過ぎに、白い花がひと房だけついた、いいぞいいぞ、と思うまもなく、次から次へと白いシンプルな花が、かたまりあって咲きつづけました。通りから見えない場所に咲いていましたから、ご近所の花好きたちを、たまらずひっぱってきて、無理やり鑑賞させるありさま。「ヘエー、めずらしい花だわねー」と反応も悪くありませんでした。

そのナツユキカズラの葉っぱも、黄緑色に軽くなって、散りはじめています。1階のデッキにも、パラパラと落ちていきます。これらもそのままに、捨ておきましょう。そのうち、風が吹いて、どこへともなく飛んでいってくれることでしょう。東京の秋も、まあまあでしょうか。


*筆者(かさい・いつこ)は『グリーンフィールズ』の訳者。東京都杉並区に在住。夫とボーダーコリー(小次郎)と住む。

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あああ
あああああああ