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ぎっくり腰

[2002/10/30]

笠井逸子

7年目の浮気ならぬ、7年目のぎっくり腰をやってしまいました。今回のは、幸いにもそれほど重症ではないのですが、靴紐を結ぶとき、ソックスをはくとき、電車のシートから立ち上がるときなど、不自由を感じています。年をとって体の動きがままならぬ、あるいは障害を抱えて生きる人の気持ちが、少しだけですが、わかるのはこんなとき。ちょっぴり殊勝な気持ちにもなります。

7年前は、机にしがみついて、翻訳に精を出していたさなかのアクシデント。新宿書房から出ている『グリーンフィールズ ー アイルランド田舎日誌』と格闘中の真夏のできごとでした。「同じ姿勢を保ったまま、長い間仕事をしていたんでしょう」と近所の整形外科医に言われましたが、あとの祭り。でも、一体どんな姿勢で書きものをしろっていうんでしょう。

ヘミングウェイは、立って原稿を書いたそうですね。タイプライターを高いテーブルの上におき、上半身裸のまま(これ、わたしの勝手な想像。いかにも、そんな感じしません? そして、パナマ帽かなんか頭の上にのっけたまま。いや、釣り用のフライを、よこっちょに刺した野球帽か。帽子は、脳の働きを刺激する、とかなんとか理屈をつけて)、午前中だけ創作活動をしたそうです。立って書く、ウーン、膝にこないかな。いかん、いかん、こんな弱気では、とてもとても、立ったままの作業なんて、わたしにはおぼつかない。

なぜ、ぎっくり腰になったか。その原因ですが、お恥ずかしいことに、和室のテーブルに向かって、横座りのだらしない姿勢をしていたのが、いけなかったような気がします。わが家には畳の部屋がなく、ふだんから正座をするということが、ほとんどありません。お茶席に招待を受けるようなはめになったら、本当にえらいことです。もちろん、作法なんか、まるで知らないのですが。

10日ほど前、世田谷区桜上水の閑静な住宅街に建つ、趣のあるレストランで食事をしました。約束の夕方6時近く、すでに少し雨が降り出していました。駅からの夜道を5分ほど歩き、下り坂の迂回路を降りていくと、右手にちょうちんの明かりが見えました。これです。ほとんど隠れ家といった感じの、ほの暗い(決して陰気というのではなく)玄関をくぐり、やや急な造りの階段を昇った広い和室に案内されました。どっしりと落ち着いた和式のテーブルを置いた広々としたその部屋には、真四角の琉球畳が敷きつめられ、斜めに切った天井がむきだしのまま。そう、飛騨高山の合掌造りをイメージした家の、屋根裏部屋風の一室だったのです。

わたしを含めて5人の同年代の女性ばかりが集まり、それからそれへと話は尽きず、同時に口も動いて、楽しい秋の夜半を過ごすことができました。難をいえば、テーブルの下に足をのばすスペースがなかったこと。できれば、掘りごたつ方式がありがたかった。行儀悪く、斜めに体をくずしたまま、右に左にと向きだけは、頻繁に変えていたのですが、やはり背中と腰には負担がかかったのでしょう。その時は、なんともなく、まだ翌日も平気でした。翌日曜の午前には、いつもの習慣で、近くのプールに出かけ、水中ウォーキングを30分ほど続けたところまでは、調子よかったはずだったのですが・・・。

日曜の夜ぐらいから、これはひょっとするとひょっとするぞ、といやな予感がよぎり、月曜の朝には、「はたして、今日1日、仕事持ちこたえられるかな」と心配になっていました。それでも、連れ合いから借りたコルセット(ぎっくり腰用の)を腰に巻いて、なんとか3時間の授業をこなし、翌日も、ひそかに同じ防具をまといつつ、3コマの授業をやりとおしました。水曜は、幸いにも休日。のらりくらりとだましだまし過ごしましたが、木曜はほうほうの体。帰宅後、夕食をすませたところで、裏のSさんにSOSの電話をかけました。Sさんは、針灸の先生なのです。幸いにも、すぐにいらっしゃいと言ってくれました。それまで体のあちこちが、腰を守ろうと必死にがんばっていたらしく、Sさんの診療室の長椅子に横たわった途端、あらゆる痛みと緊張が一挙に噴き出した感じがしました。針と熱めのお灸、それに加えてマッサージを受け、体がすーっと軽く、温かくなり、身も心も救われる思いがしました。

Sさんに教わったのですが、ぎっくり腰に苦しんでいるとき、どんな姿勢をとっていてもつらいのですが、正座をしているとき、腰の痛みは一番少ないそうです。確かに、その通り。ソファの背中なんかに、体をあずけるような姿勢などは、余計腰に負担がかかるようです。これからは、なるべく正座を心がけるようにしなければなりません。こんな簡単なことが、なぜわからなかったのでしょうか。日本人だというのに。

*筆者(かさい・いつこ)は『グリーンフィールズ』の訳者。東京都杉並区に在住。夫とボーダーコリー(小次郎)と住む。

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あああああああ