人を招くのは好きですが、招かれるとなると、一瞬躊躇してしまう悪い癖があります。日ごろからごく親しく行き来している人であれば、抵抗なくすっと出かけていくのですが、知らない人が加わるパーティーなどの場合、少し緊張してしまいます。
若いころ、アメリカの大学院に留学していて、パーティーに出かけることにかなりエネルギーを必要としました。出かけたとしても、初対面の人たちと、いわゆるスモールトーク(あたりさわりのないその場つなぎの話の連続)を要領よくこなしていくのが下手で、正直いって苦痛でした。ことばの障害もありましたが、世間知らずで経験不足の若造にとっては、話のとっかかりをさぐりだすのはむずかしいことに思えました。
そんな体験のせいか、あるいは持ってうまれた性格からか、いまだに知らない人たちの間に分け入っていくような集まりは、いい年をして苦手なままです。8月の終わりに、桜新町に新築住宅を構えたMさんから、ハウスウォーミング・パーティーをするからとお招きを受けたとき、「もちろん出席」とメールで即答したものの、その日が近づくと「ああ、どうしようかな」なんて、いつものいやな癖がはじまっていました。でも、このパーティーには、いくつかの抗いがたい付録の魅力が用意されていました。
Mさんが「チューダー式のとんがり屋根の家を捜してください」といってきたことに、おやっと思いました。チューダー式の家って、なに?シェークスピアの生家(と信じられている)などに見られるような、白壁にこげ茶の材木で縦横のアクセントをつけた、あの建物風なのか。おまけに、その家には名前がついていました。「ナルニア・コテージ」。どこかで聞いた名前だぞ。読んだことはありませんが、イギリスの批評家・小説家であったC.
S.ルイスという人が書いた、子供向けシリーズ『ナルニア国物語』から命名したというのです。Mさんは、児童文学が専門です。
イギリスの家には、名前がついている。シャーロック・ホームズの物語を読んでいると、○○荘という家の呼び方がよく出てきます。一軒一軒の家に名前がついている、家を生きものみたいに扱って、大事にしている証拠なのかもしれません。わが家も名前をつけてみようかと思ったこともありましたが、いい名が浮かばず、そのままになっています。日本だと、せいぜいついても、「お化け屋敷」、「猫屋敷」、「ゴミ屋敷」といったところ。先日も、夕方のテレビで報道していました。自宅の外といわず内といわず、拾い集めてきたゴミを山のように積み上げておく、困った人たちについて。「汚屋敷」なんて呼んでいました。
Mさんは、最近ひょんなことから、スリランカ人のシェフとお友だちになりました。「大使付きシェフ」という肩書きをもつティラック・バスナヤカさんは、東京にあるデンマーク大使館に勤務しています。日本にやってきたのは、まだ一年ぐらい前のことだそう。それまでは、サウジアラビアにあるデンマーク大使館のシェフでした。大使お気に入りのシェフであるティラックさんは、大使が日本に赴任するとき、請われて家族ともども東京にやってきました。
その日、Mさんの新居に招かれた客人たち(全員女性)に、スリランカ料理を教えてくれるという趣向が用意されていたのです。もちろん、まずは試食します。たっぷりのランチですが。メーン・ディッシュはタンドリー・チキン、そこにアボカド・サラダ、揚げたフィッシュ・ボール、生野菜のスティック(カレー・ディップをつけて食べます)が加わります。デザートは、なんと白鳥の形をした(平面体ではありません、立体形)パフに、生クリームたっぷりの甘いお菓子。これはヨーロッパ調。キャラメルをからめたアーモンドを細かくきざんだものが、クリームにふりかけられています。リッチなウィーン菓子といったところでしょうか。
インド料理などに出てくるディップの作り方を教えてほしい、とあらかじめリクエストを出しておいたのは、わたしでした。わたしのイメージにあったものは、サモサなどを食べるときにつける、甘辛すっぱいシンプルなディップ。でも、ティラックさんのオリジナル・ディップは、豪華版。茹でた人参のみじん切りに、カレー粉、チリパウダー、そしてグース・パテを加えて混ぜ合わせるというもの。わたしたち食べる者たちは、うなってしまいました。グース・パテかー。はじめて口にする食材でした。どこで入手できるものなのか。缶入りのもの(相当高価)が、インターナショナル・マーケットあたりにあるとのことでした。これは、ちょっと簡単には試されそうにありません。
タンドリー・チキンの作り方は、マリネ・ソースの調合の仕方、実際の漬け込み方まで、ていねいに目の前でやってみせてくれました。マリネの材料をここに記します。ヨーグルト、ガランマサラ、しょうが、ガーリック、チリパウダー、ターメリック、挽いたコリアンダー、レモンジュースに塩。さらにオリーブオイルを加え、あれば食紅も入れて、ミックスします。ここに鶏のムネ肉(切れ目を二ヶ所に入れておく)を、半日から一晩漬け込みます。240度に熱したオーブンで、25分ほど焼く。すると橙色をした、ピリッと辛い熱々ジューシーなタンドリー・チキンのできあがり。
シェフのティラックさんは、もともとフランス料理をスリランカで修業した人。母国のホテルで働いたこともありましたが、その後大使館のシェフとなり、世界中どこへでも要請があれば出向くというコスモポリタンのようでした。おだやかな語り口の英語で、わたしたちの尽きぬ好奇心に答えてくれる紳士でした。サウジアラビア滞在中は、外出もままならず、心から楽しい生活ではなかったらしいのですが、東京はいいといってくれました。物価が高いのが玉にキズだが、刺激があって、子供たちもエンジョイしていると。
だれかに招かれたら、すなおに喜んで、時間の許す限り、お受けすべきですね。どんな予期せぬ喜び、出会い、発見、驚きなどが待っているかしれません。そして、招かれたら、いつか招きかえすソーシャルライフのマナーも心得たいものです。なかなか実行できないまま、失礼している場合も多いのですが。
*筆者(かさい・いつこ)は『グリーンフィールズ』の訳者。東京都杉並区に在住。夫とボーダーコリー(小次郎)と住む。
|