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チューリップ

[2002/03/08]

笠井逸子

雨が降るごとに、草木が喜んでいるようです。昨年の11月に植えたチューリップのプランターからも、くるりとカールした肉厚の芽が出てきました。竹の子みたいにも見えます。細長いプランターを2本、丸いプラスチック製の大きめの鉢を3個、チューリップの球根用に、わたしとしてはかなりぜいたくに用意しました。鉢に5個ずつ、プランターには10個と5個の球根を、それぞれ植えました。そのうちの数個は、裏のSさんの奥さんからいただいたものです。ご夫婦でオランダ旅行をされたときの、おみやげでした。

まだ、ひとつだけ、2階のベランダに並べた鉢から、芽が出てきません。遅咲きのチューリップというのが、あるのでしょうか。それとも、球根の位置が少々深すぎたのでしょうか。もうあとひと雨降れば、出てくれるかもしれません。

チューリップの球根って、あんがい高価なものなのですね。おいそれとは、買えません。外国では、安く手に入るものなのでしょうか。数年前に亡くなったアメリカの女性作家、メイ・サートンは、メイン州の海の見える家に、ひとり住まいをしていましたが、秋になるとチューリップの球根を注文するのが、なによりも楽しみだったようです。それも、半端な数ではなかったことは、彼女のジャーナルを読んで、しっかりとわたしの記憶に残っています。土に植えるだけでも、かなりの労力を必要としたろうと思われます。それほどまでに、広大な土地に暮らしていたということでもあります。

家の周囲には、無数の水仙も自生していました。彼女の70歳の誕生日を、友人たちが祝うために集まってくるという日、サートンは、70本の水仙をみずから切りとっていけた、とジャーナルに書かれていました。メイン州に越してくる前は、ニュー・ハンプシャー州の村で生活していました。18世紀に建てられたという古家のついた土地を購入し、ガーデニングに熱中します。村人たちとも親しくなっていきますが、どうしても海辺の暮らしをしたいという思いがつのります。改築した家と精魂かたむけた庭を手離し、メイン州で3階建ての一軒家を借りて、新生活をスタートさせます。引っ越しと同時に、シェルティー犬、タマスも飼いはじめます。

一方、絵本作家であるターシャ・テューダーは、バーモント州に250エーカーの土地を買い求め、そこに1740年に建てられたというお気に入りの農家をそっくり復元させて、やはりひとり暮らしをしている女性です。写真集を見ていると、彼女が大きなバスケットにたくさんのクロッカスの球根を入れ、それらを植えている姿がうつっています。なぜ、こんなに多くの球根を植えるかというと、一部はネズミに食べられてしまうからだそうです。250エーカーというのは、一体どれぐらいの広さなのか見当もつきませんが、おそらく植えても植えても、果てしのない土地にちがいありません。ターシャは、コーギー犬の一家と暮らしています。コーギー犬を登場させた絵本もありますし、さし絵や絵はがきにもしばしば描かれています。

海の見える家に住んでいるわけでもなく、何エーカーともしれぬ農場に住む者でもなく、また18世紀に建てられたアンティーク館の所有者でもありませんが、わたしもささやかに春のガーデンを迎える準備をしています。主にハーブの枯れ枝を切り落とすことと、積もった枯れ葉をとりのぞく作業です。すでに、紫色がかったオーデコロン・ミントの新しい葉っぱが、あちこちに顔をのぞかせていますし、アップル・ミントのやわらかな丸っこい葉も元気な姿を見せはじめています。枯れ葉をとりのぞくだけで、ハーブの緑があざやかさを増します。枯れ枝と枯れ葉を集めただけなのに、45リットル入りのゴミ袋が満杯になります。南側の地面には、まだ全く手をつけていないというのに、もうこれだけの量になってしまいました。こちら側の枯れ葉の下には、スズランの新芽が待機しているはずです。

下を向いた格好で、枯れ枝と枯れ葉の除去に精を出していますと、通りがかりの隣人たちに声をかけられます。ひとこと、ふたこと、どうということのないあいさつをかわすだけですが、冬の間にはできなかったご近所づきあいが再開します。腰をのばして、トレリスにからんだカロライナ・ジャスミンを見あげると、すでにちっちゃな黄色いつぼみが無数についているではありませんか。よし、ことしもたくさん咲いてくれそうだぞ。ハニーサックルのほうは、どうでしょうか。まだつぼみは見えませんが、蔓には勢いがあります。ハニーサックルの白いラッパみたいな花は、ターシャ・テューダーが好んで描く題材のひとつでもあります。春の宵に、甘く香るハニーサックルの開花が待たれます。

メイ・サートンのサイト(Literary Traveler)http://www.literarytraveler.com/special/sarton.htm
メイ・サートンの本:
bk1サイトより

ターシャ・テューダーのサイト(Tasha Tudor and family)http://www.tashatudorandfamily.com/
ターシャ・テューダーの本:
同じくbk1サイトより





*筆者(かさい・いつこ)は『グリーンフィールズ』の訳者。東京都杉並区に在住。夫とボーダーコリー(小次郎)と住む。

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