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いよいよガーデニングの季節到来です。といっても、それほど大げさなことをするわけではありません。なにしろ、文字どおり猫の額ほどのスペースですから、しれたものです。夕方の日が目に見えて長くなり、明るい陽射しが窓からさしこむ時候になると、わたしもそわそわしはじめて、用もないのに何度となく庭におりていきたくなります。
ヒヨドリが朝から、どこかでかん高く鳴いています。「イーヨ、イーヨ、イーヨ」と聞こえます。勝手口のガラス戸をとおして、庭の北側隅に立てたえさ台が見えます。そこに早く食べものを置いてくれ、と要求しているのでしょう。みかんが出はじめる頃から、わたしはこのえさ台に残り物のくだもの類を置いてやります。たいていは図体の大きいヒヨドリが独占していますが、鬼のいぬ間をねらって、小さい鳥たちもつがいでやってきます。緑色のメジロや白黒のシジュウカラたちです。ヒヨドリは、庭においたやや大きめの金魚鉢で水浴びもしていきます。ときどきスズメも舞いおりて、ここから水を飲んでいきます。
昨年の11月ごろ、玄関アプローチあたりの土に、ゲンノショウコの種をばらばらとまいておきました。幼なじみのFさんが、かわいらしい花が咲くからと自分の庭でとれた種をプレゼントにもってきてくれました。九州の彼女の家は、200坪の敷地に建っています。台所の前にある日当たりのいい一画を耕して、自家製の野菜を育てています。北側の物置小屋には、しいたけの菌をつけた原木が十数本、無造作にたてかけられています。山(彼女の実家の山です)からとってきたというタラノメの木も、数本ひょろひょろと立っていました。
ゲンノショウコ、いい名前です。薬草みたいにも響きます(実際、大腸カタル、赤痢、胃潰瘍の薬として使用されていたようです)。Fさんは、花をつけた姿の写真まで、わざわざもってきてくれました。わたしが、花おんちなのを知っているからです。紅紫色の小さな花が、つぎつぎに咲いていくそうです。そして、特別なんの手入れも必要なく、毎年ずんずんと広がっていってくれるというのです。まさに、わたし好みの草花です。辞書をひくと、ゲンノショウコはフウロソウのことだと説明されていました。こちらの名前のほうが、わたしにはなじみがあります。すでに、小さな芽が出はじめています。いつ頃、花を咲かせてくれるのでしょうか。楽しみです。
野イチゴは、最初はたった1株を植えただけでしたが、今では北側をのぞき、わが家の庭というか空き地全体をおおっています。あんまり増えるので、ときどき思い切って、ところどころ抜くほどです。野イチゴにかわって、最近繁殖しはじめているのは、ヘビイチゴです。こちらの葉っぱは、野イチゴにくらべて小ぶりです。花は黄色。ぐぐぐっと頭をもちあげて、明るい黄色の花をぱっと開いたかと思うまもなく、赤いだんごみたいなベリーを実らせます。ヘビイチゴなんて、物騒な名前をいただいて、かわいそうなくらいに可憐な植物です。
手入れのいらない草花ということで、わたしはハーブを育てるのが大好きです。育てるという表現は当たりませんね。なにせ、手入れはいらないのですから。年に一回は、それでもハーブ用の土を加えてやります。先日は、裏のSさんの奥さんにいただいた、土壌改良に役立つという液体をうーんと薄めて、庭中の土にまきました。
ハーブのなかで、わたしがとりわけ気にいっているのは、タイムです。昔はやったサイモン&ガーファンクルの歌、『サウンド・オブ・サイレンス』、覚えていますか。映画『卒業』の中で歌われました。歌詞の一部に、”parsley,
sage, rosemary and thyme”という語句が出てきます。ハーブの名前が並んでいたんですね。わたしも、あとで知りました。タイムには、コモンタイム、クリーピングタイム、レモンゴールドタイム、そしてシルバータイムの種類があるようです。レモンは黄色い縁取り、シルバーは白い縁取りの葉っぱに育っていきます。コモンタイムには、淡いピンク(ほとんど白に近い)のごく小さな花が咲きます。
タイムの種は、思わぬ場所に飛んでいくらしく、道端のコンクリートの隅に残ったわずかな土のなかでも成長していきます。うちの前の通りを掃除するとき、わたしはなるべく土を一ヶ所にまとめておきます。ここには、タイムの根が残っているからです。もう少し暖かくなると、緑色のタイムの葉っぱが出てきます。ときどき、心ない車のタイヤにひかれていくこともありますが、復元力は強く、死なずに生き延びています。この土のかたまりにも、たっぷりと水をかけてやります。青々としたタイムの茂みができるころが、待ち遠しい。ことしも、「植物あり、注意」とでも書いた立て札を、立ててやりたいぐらいにいとおしいタイムのひと群れになってくれるでしょうか。
このひそやかなタイムの叢に気づく人は、まれです。うちの愛犬、小次郎のお姉ちゃんを飼ってらっしゃる阿佐ヶ谷のKさんは、ちゃんとこの存在に気づかれました。「あー、わたし、こういうのが好きなのよ」と、昨年の夏、うちに遊びに来て、感嘆の声をあげられました。おみごと!犬の種類ばかりでなく、植物のあり様についても、テイストが同じとは。嬉しい驚きでした。
*筆者(かさい・いつこ)は『グリーンフィールズ』の訳者。東京都杉並区に在住。夫とボーダーコリー(小次郎)と住む。
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