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テロに負けない

[2001/11/16]

笠井逸子

2年半ぶりに、沖縄に出かけました。息子の通う大学で、大学祭が開催されたためです。つれあいは、息子の大学をおとずれたことがありません。いい機会だと思い、ふたりで出かけました。

3年生になった息子は、映画研究会の代表をつとめているそうです。大学祭に発表する作品を作り、上映することになりました。どんな映画なのか、見ておきたいと思いました。キャンパスの様子をのぞくのも興味深いと考えました。

息子が脚本、監督、出演を兼ねて作った力作は、ホラービデオでした。わたしにはなじみのないジャンルなので、できばえの方はよくわかりません。素人集団が、苦労して、背伸びしてクリエートしたフィルムでした。40分ほどの長さでしたが、心配したようなダレもなく、飽きずに見ることができました。

映画研究会の隣には、沖縄地方の方言を研究した発表パネルが展示されていました。女子学生が、わたしたち門外漢の質問にていねいに答えてくれました。ダイビングクラブのメンバーは、沖縄の海から魚を集めてきました。大学祭開催期間中限定の水族館が、しつらえてありました。砂にもぐると姿が見えなくなってしまう、つまり擬態です、猛毒をもったオコゼがいました。カニに化けて獲物を待つヤドカリ、有毒のハリを隠しもつハリセンボン、鮮やかな黄色に黒い斑点をもったハコフグは、体長4―5センチぐらいでしょうか、わたしのイメージとはほど遠い、かわいらしい小型のフグでした。

沖縄の生きもの展には、ハブがとぐろを巻いて、ガラスの箱に入っていました。説明役の女子学生は、緑色の無害のヘビを腕にまきつけ、希望すれば、そのヘビに触らせてくれます。わたしは、遠慮しました。圧巻は、「ウミホタル・ショー」でした。0.3ミリほどの甲殻類であるウミホタルは、水に反応して、光を発します。明かりを消した真っ暗な教室の天井いっぱいに、あらかじめ透明のホースが網の目状に吊り下げられていました。そこにウミホタルを放つのです。深海をおもいおこさせる男女の歌声が響くなか、ウミホタルの白い光の帯が、暗闇の空間をゆっくり、あるいはすばやく走り抜けていきました。

お昼には、マヨネーズたっぷりのお好み焼きを食べ、帰りぎわには、オーケストラのメンバーが生演奏を聴かせてくれる喫茶室にはいって、ひとやすみしました。チーズケーキと紅茶のセットで、350円でした。映画研究会の上映のときもそうでしたが、どの展示や催しをたずねても、必ず感想・意見をお聞かせくださいというアンケートがわたされました。喫茶室では、書き込み自由のノートがまわっていました。東京にもどって、息子に電話すると、今年は150人が映画を見てくれたそうです。気がついた点をいくつか伝えますと、「ああ、同じ指摘がアンケートにあった」と答えていました。ちゃんと読んでいたようです。今の学生さん、案外まじめなのですね。

にぎやかなお祭気分のキャンパスを抜け、北口門からタクシーに乗って、那覇にもどりました。食べもの屋とおみやげ店がたちならぶ那覇の目抜き通りが、国際通りです。ハワイでいえば、ワイキキ界隈といったところでしょうか。国際通りから、横みちにはいり、地元の人たちの買いもの通路を抜けた奥に、壺屋通りという焼きもの街がありました。壺屋焼きは、沖縄の代表的な伝統焼きものです。石畳の静かな坂道を歩くと、両側に陶器を並べた店がぽつんぽつんとありました。子猫が3匹、入り口のあたりにすわっていました。

街路樹にピンクの花が咲いていました。トックリキワタという名前だそうです。ユリの花のように開いた花弁の中心から、黄色いメシベらしい部分が見えました。花が終わると、綿状のものが空中に舞い、やがて地面に落ちて、うっとうしい風景になる、とタクシーの運転手さんが説明してくれました。

例年11月といえば、修学旅行生でごった返す那覇の町が、この秋ひっそりと静まりかえっていました。9月に起きたニューヨークのテロ事件以来、沖縄への観光客のキャンセル数は20万を突破してしまいました。観光で生きる沖縄県にとっては、大変なできごとです。そうでなくとも、何かにつけて、本土の都合をおしつけられてきた沖縄の人々は、このところの沖縄旅行ブームに冷水を浴びせかけられた思いで泣いています。

沖縄からもどった夜、ニューヨークのケネディ空港近くで、飛行機が墜落しました。どうやら今度はテロではなく事故らしいというのですが、人々の飛行機による旅行離れがますます激しくなることでしょう。

けさのことです。大学時代の友人から電話がかかりました。英語に関する相談だったのですが、用件が終わると、意見を求められました。「週末から、主人とハワイに行くことになってるんだけど、どうしようかと思って。心配で、心配で。あなたなら、行くー?」わたしは、きっぱり答えました。「もちろん。大好きなハワイも、観光客不足で泣いてるそうだから、たっぷりお金落としてきて」

きくまでもなく、予想どおりの反応がわたしの口からとびだした、と友人は笑っていました。「ニューヨーカーも、強いわよね。テロに負けない。普段どおりに、楽しく人生を送りましょうっていう心意気だもん」迷っている彼女が言いました。感心ばかりしてないで、どうぞハワイに行ってください。沖縄にも足をのばしてください。テロになんか負けません。東京人も、強がりましょうよ。

*筆者(かさい・いつこ)は『グリーンフィールズ』の訳者。東京都杉並区に在住。夫とボーダーコリー(小次郎)と住む。

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