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家事はお好き?

[2001/10/24]

笠井逸子

 ミレニアムを記念して、イギリスのBBCがドキュメンタリー・フィルムを作りました。『1900年の暮らし』と題した二部作で、わたしはNHKテレビ番組として放映されたものを見ました。今から100年前のイギリスの中流家庭は、どんな日常生活を送っていたかを探るために、ある家族に3ヶ月間、当時のままの暮らしを体験してもらうという企画でした。ビクトリア朝時代の家庭生活を研究している歴史家の発案による、まじめな研究目的の記録映画でした。

 プロジェクトに参加したのは、3人の子供のいる共働き夫婦家族でした。ふだんは教育委員会の仕事をしているというインテリママは、ここでは専業主婦となり、不便な家事労働のいっさいを、とりしきらねばならなくなります。石炭ストーブから出るすすは、部屋中をすぐにほこりだらけにしてしまいます。掃き掃除をやってもやっても、すすは次から次に生産され、そこらじゅうにふりつもります。食事のしたくをしようにも、ストーブの火力は弱く、時間ばかりがむだに過ぎていきます。洗濯も大変です。すすで汚れた下着やブラウスの襟を、清潔に保とうとする努力は、並たいていのものではありません。

 家事労働の奴隷にされてしまったと感じて落ちこむママは、当時の習慣にしたがって、しぶしぶ若いお手伝いさんを雇います。100年前のイギリスには、メードとして働く女性は大勢いました。過酷な労働条件のわりには、報われない職業でした。メードを雇うことで、ママはしばし家事から解放されます。きついコルセットで胸と胴をしめつけた上に、ロングスカートをはいたままの姿で、ママは自転車を乗りまわします。少しだけ息抜きをしたママは、メードがいなかったら、当時のフェミニストたちは、女性解放運動に熱中することなんてできなかったという矛盾に気がつきます。

 メードのいない今の働くママたちは、さらに重労働の日々を送っています。(メードがいた方がいいと言っているのでは、もちろんありません。)わたし自身、まさに家事に束縛されていると感じています。たとえば、わたしのある最近の日曜日の過ごし方をふりかえってみましょう。

・朝の愛犬、小次郎の散歩(いつもより少し遅く7時半起床)
朝食のしたく(後かたづけは、つれあいがやりました)
掃除と洗濯(シーツと枕カバーも)
アイロンかけ
ガーデニング少々(前日に買っておいた花のポットを、植木鉢に植えかえただけ)
ランチのしたくとかたづけ
小次郎のブラッシング(本当は読書をして、昼寝をしたかった)
仕事を少し(翻訳)
洗濯ものをとりこみ、たたむ
風呂のしたく
夕食のしたく(つれあいが、夕方の小次郎の散歩中、1ページだけ読書)
テレビ(『北条時宗』)
あとかたづけ
入浴
仕事部屋へ(メールのチェックと翌日の授業予習)

 新聞をゆっくり読むゆとりはありませんでした。ざっとこんな調子でした。なんだか、100年前の女性と変わらない生活を送っているようで、みじめな気分になります。なんとかならないものでしょうか。わたしは、よほど時間の使い方がへたな人間なのでしょうか。それとも、時代に逆行する生き方をしている女なのでしょうか。

 女が家事雑用から解放されようとすれば、お金を払って人を雇うか、あるいは、外で仕事をしない男と結婚し、家のことをすべてやってもらうしか、選択がないように思えます。どちらもだめな場合どうすればいいのか。家事に情熱を燃やせるタイプに生まれついているわけでもなく、かといって、ハードに働くキャリアウーマンにも徹しきれない、中途半端のスローテンポの女に残された道は?しかも、家庭は、ひとなみに平和を保っていなければなりません。となると、ウーン、考えこんでしまいます。次に生まれるときは、男に生まれるか、完ぺきな家事ロボットが稼動している時代に生まれたかった。まぬけな答えしか出せません。

  ご近所のY家のご主人は、すでに定年退職をされ、悠悠自適の生活を送られています。ミセスYのほうは、入れかわりに仕事に熱がはいり始め、ほとんど家にいない仕事人間になってしまった感があります。夫婦そろって、年一回は海外旅行をするのが、ご主人の夢だったらしいのですが、奥様の休暇が思うようにとれません。それでも、ミセスは夕方になると、買いこんだ食料品を自転車のかごに入れて、フルスピードで帰宅されます。そこに出くわして、わたしと世間話をちょいとやっていると、一段と気短で怒りっぽくなっていくらしいご主人が、玄関から顔を出します。「なに、いつまで、やってんだよ」奥さんは、「はいはい」と口だけは答えますが、無視したまま、わたしとワンちゃん談議をもうしばらくつづけます。

 わたしも、ミセスYのように自転車に乗ることを覚え(いまさら、気は進みませんが)、少しは時間の節約につとめるべきでしょうか。そして、「はいはい」と返事をしつつ、ちゃっかり自分を通して(つまり、好きな仕事もやりつつ)、かいがいしく家事に励む生活に満足すべきでしょうか。21世紀になっても、女と家庭と仕事をめぐる三角関係にたいする、いい解決法は簡単に出そうにはありません。


*筆者(かさい・いつこ)は『グリーンフィールズ』の訳者。東京都杉並区に在住。夫とボーダーコリー(小次郎)と住む。

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あああ
あああああああ