(36)東京映画祭のフィリピンとカザフスタン
[2018/11/23]

フィリピン映画の怪作

 本年(2018年)10月下旬の東京国際映画祭では、朝から夜遅くまで連日映画を見た。映画祭が始まる前の日本映画マーケット上映の日も4本見た。なぜそれほど見るのかというと、良い映画に出会いたいという一心からである。これはすごいと平伏したくなる作品にはなかなか出会えないので、期待を持ちつつ見続けるほかないのだ。
 今年の特集の一つは、「国際交流基金アジアセンター presents CROSSCUT ASIA」第5弾、「ラララ♪東南アジア」の音楽映画の数々である。今までこの東南アジア特集はタイ、フィリピン、インドネシアと国別に、あるいは期待される次代の監督たちが紹介され、毎年私にとって貴重な体験となってきた。今年の音楽映画の中では、今まで上映時間が643分という作品も含め長い映画で注目されるフィリピンの巨匠、ラヴ・ディアスの新作『悪魔の季節』に注目した。今回上映時間234分、休憩なしなのでちょっと覚悟が必要だった。
 上映時間の長い映画については、今まで何本か体験している。
 2016年度アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門で受賞したエズラ・エデルマン監督の467分の大作『O.J.: Made in America』を途中居眠りせずに見た経験以来、私は長い映画も怖くなくなった。この映画は元来テレビのシリーズとして製作されたので、この上映時間になったのである。アカデミー賞授賞式少し前にニューヨークで行なわれた試写は、朝10時から夜9時過ぎまでかかった。途中休憩が2回入り食べ物や飲み物も出たので、私は食事の後にはウトウトしてしまうだろうと心配になったが、その内容のあまりのすごさに、ウトウトどころか瞬きもしなかったと記憶している。
 アメリカン・フットボールの英雄であったO・J・シンプソンの生い立ちからカリフォルニアにおけるフットボール文化の重要さまで、私の知らなかったことが次々と目の前で展開し、さらにロサンゼルスの白人警官による黒人ロドニー・キングへの暴力事件や、その暴力警官が無罪になって起こった暴動など、アメリカの社会や文化や歴史にまで映画の対象がどんどん広がり、大河のように私の前にうねり始めた。これでは目を離す事もできなかったわけだ。その年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門の候補作はどれも力作であったが、『O.J.』の衝撃度は群を抜いていて、その受賞も納得できるものであった。
 その時の体調にもよると思うが、私がいつも長い映画を最初から最後まで逃さず見ているわけではない。今年のニューヨーク映画祭で見たアルゼンチンのマリアーノ・リノス監督の『La Flor』は13時間28分の上映時間で、試写は3日に分けて行われ、1日目は休憩1回、2日目と3日目は休憩が2回入った。最初数十人いた観客は、休憩が入るたびに減り、最後には10数人となっていた。私は連日通ったが、一部はうつらうつらから熟睡まで、様々な形態の眠りを挟みながら見ていた。同じ女優が4名、時代も設定も様々な役を演じ、1960年代冷戦時代のスパイのエピソードや、ジャン・ルノワール監督の『ピクニック』(46) をアルゼンチンの田舎に置き換えたリメイクは実に面白かったが、面白くないエピソードもあった。長い映画に限らず、短い映画でも私は睡魔に逆らわず気持ちよく寝てしまうこともある。

 『悪魔の季節』も同様に、1979年のフィリピンの片田舎を舞台にしながら、フィリピンの社会や文化や歴史が私の心に迫り、人間の生き方をしみじみと考えさせられる作品である。途中一度トイレに立った以外、息を飲んで画面を見つめる4時間余りであった。睡魔が訪れることもなく緊密な画面であった。
 映画の冒頭、モノクロの画面に、1979年マルコス大統領の下で戒厳令が発布され、民兵が組織されたこと、またこの映画で描かれることは監督の身近にいた人々に実際に起こったことであると、字幕が出る。そして最後には、この映画は戒厳令の犠牲者に捧げるものであると字幕が出る。そして、国の歴史が個人に及ぼした重く暗い出来事を、“アカペラ・ロック・オペラ”と呼ばれる、歌で描いているのである。見る前にある程度の予測はしていたものの、蒸し暑い夜のジャングルの駐屯所で若い兵隊が歌い出すのには、私にとって大いに驚きであった。
 村の人々に対して横暴の限りを尽くす兵隊の男たち、それに立ち向かい殺される村の長老、ジャングルの中の小屋に住み髪を逆立てて村を歩き回り、フクロウと呼ばれる中年の未亡人、ボランテイアとして村に移り住みクリニックを開く若い女医、行方不明になった女医を探しに来た詩人の夫……。登場人物は善悪に関わらず平等に歌う。メロデイーは高低があまり激しくなく、フレーズは繰り返される。音楽にならない台詞もあり、台詞がいつの間にか音楽になったり、同じ歌が繰り返されたりする。
 独裁下に苦しんだ人々という、正攻法で描けば悲惨な題材である。それが絶叫型ではなく、どちらかというと日常的でさりげなく、加害者側も被害者側も口ずさむかのように歌う。この稀有な映画はあまりに強烈で、今回の東京国際映画祭では突出した私の映画体験となった。
 ディアス監督は1958年ミンダナオ生まれ。原住民のための教育家であった父親は映画好きで、よく彼を映画に連れて行った。また父親は大変な読書家で、監督は文学に囲まれて育った。監督は本作の音楽も担当していて、歌はアフレコではなく撮影中にライブで収録された。「映画を観て、苦悩と貧困を目の当たりにしながら青春時代を過ごしたことが、私の人生の原点なんだ」と監督は語る。「私はそもそも、観客向けの映画を作っているんじゃない。映画のための映画、芸術のための映画を作っているんだ。観客のことを考えたら、妥協するのは目に見えているし、それこそ心に浮かんだものを表現したいんだ。観客は娯楽と現実逃避を求めていると映画業界は高を括っているけど、大間違いだよ。私はそんな風に観客を捉えたくないし、むしろ知的な存在と思いたい。観客は人生を理解して、批判的に考えることができると。」(Crosscut Asia #5の小冊子より)人が生きることとは何かを問うために映画を作るという目的は真摯で、観客のことも信頼している。志の高い映画にはズシンと響く重みがあることを実感した映画であった。
 『悪魔の季節』の出演者は舞台俳優が多く、監督は俳優の技量や解釈に信頼を置いていると語っている。「たいていの演劇人、特に知的な人材は、時間と空間の扱いに長けている。周囲のものにどう反応すべきかね。だから、自由を与えて信頼しているよ。信頼が大事で、あれこれ指示しすぎるから、役者もおかしくなるんだ。」(引用は前掲)
 今回の東京国際映画祭で私が見ることができた映画は1週間1日4、5本見ても限られた数で、今までニューヨーク映画祭やトライベッカ映画祭で既に見ていた作品もあったが、見逃した映画の中に傑作があった可能性はある。例えばイスラエル映画特集は、1本も見ることができなかったのが心残りである。

カザフスタンの詩情

 『悪魔の季節』ほどの衝撃はなかったが、そのイメージの鮮烈さが記憶に残るのがワールド・フォーカス部門にあったカザフスタンのアディルハン・イエルジャノフ監督の『世界の優しき無関心』であった。本作はカンヌ映画祭「ある視点」部門に出品されていたというので、このようなお墨付きが常に信頼できるものではないが、今回はやはりそれなりのハードルをクリアした映画と納得できた。
 題名の『世界の優しき無関心』とは、アルベール・カミュの小説『異邦人』にある言葉だそうだ。本作の主人公は父の死後、父の負債を解決するために会ったこともない親戚のおじさんのところへ行くように母親に命じられた若いお嬢さん(ディナラ・バクティバエヴァ)である。単身スーツケースを引きながら田園風景の中を歩く彼女の赤いドレスとオレンジ色の傘、赤いハイヒールが非現実的でありながら、強烈なイメージである。彼女の後について来るのが、献身的な下男(クアンディク・デュセンバエフ)である。旅の途中で本を広げる彼女に向かって下男が話しかける。彼はお屋敷で育った彼女の読み終わった本を順番に密かに読んでいたので、トルストイでもカミュでもお手の物で暗唱ができる。それを知ったお嬢さんが下男に心を開く。
 よその街に住むおじさんは、商売相手の、既に老境に入ったいかがわしそうな男と一緒になるようにとお嬢さんに命じる。この金持ちがお嬢さんの母親の抱える借金の肩代わりをしてくれるという約束である。呆れたお嬢さんはその場を去るが、医学部で学んだ彼女は家の都合でインターン実習ができなかったので医師として働けず、病院の床掃除の仕事しかない。そうこうするうちに母が刑務所に送られたので、お嬢さんは渋々おじさんのところへ戻る。その時彼女のドレスは黒に変わっている。金持の男は関係を持った途端、お嬢さんに対して、実は結婚していたことを言うのを忘れたと告げる。
 そもそも下男はお嬢さんの身売りに反対であり、力自慢を生かして市場で荷物を運ぶ仕事を始めるが、野菜市場を仕切るマフィアの圧力で、親切な雇い主を裏切ることになる。経済的に弱い立場になった者たちは、徹底的に強者に搾取される。そして彼らの抵抗は実を結ぶことがないまま終わる。
 このシンプルなストーリーが、強い日差しの下に浮かび上がる色彩の中、ゆったりとしたリズムと寡黙な登場人物の表情で展開し、そこはかとないユーモアと、もの悲しさが混じり合う。お嬢さんと下男の純愛を象徴するように、折にふれ花が登場するが、最後にはその花も枯れている。映画を通じて言葉では多くが語られず、その代わりに主役の二人の身体が、イメージとして語るのである。これは実に個性的な手法で、どちらかと言うと中央アジアとロシアの人種が混ざったような顔立ちのお嬢さんと、下男の彼女とは対照的なアジア的風貌とともに忘れ得ぬ印象を残す。
 イエルジャノフ監督は1982年カザフスタン生まれというので、まだ36歳ながら、2007年に短編を監督して以来、本作が6本目の長編映画で、全て脚本も担当している。

常々感じていること

 映画を作る意味は人生について考えることだという『悪魔の季節』のディアス監督のインタビューを読んで、改めて思ったことがある。『世界の優しき無関心』にも、弱者に対する共感が声高ではないが、見事に表現されている。芸術に関わることの意義、目的が考えられていて、それが観るものにも伝わってくるパワーがある。こうした作品を作る人々は普段からいろいろなことを考えているのだろう。
 普段何を考えているか、ということで連想されることがある。欧米の映画スターが社会問題を提起することが度々ある。私がそれを最初に感じたのは、『スーパーマン』(78)のスター、クリストファー・リーヴで、1995年に落馬事故による脊髄損傷を起こして首から下が麻痺となりながら、ベッドに寝たままで舞台に登場して身体障害者への支援や研究の必要性を問い続けた。またアフリカのダイアモンドをめぐる戦争『ブラッド・ダイアモンド』(07) に主演したレナード・ディカプリオは、事あるごとに戦争の背景にある飢餓や貧困問題について説いていた。私はポップ・ミュージックについてほぼ無知であるが、ロック・グループU2のボノがしばしばアフリカの飢餓問題について舞台の上から若者に呼びかけているのはニュースで知っている。彼らは自分たちが世間に注目されている存在であることを活かして、多くの人々に社会を変えて行くための真摯なメッセージを送っている。
 最近では女性に対する性的暴力や差別に対する発言を多くの女優がしているし、トランプ政権の移民や人種差別政策についての数えきれない批判が映画人から続いている。10月末には民主党のトップの人々や民主党支持とおぼしきニュース・メディアと並んで、俳優のロバート・デニーロもトランプ支持の急進派の男から爆弾を送りつけられていたが、私の印象ではデニーロがそれほど発言しているとは感じられず意外だった。むしろ最近目立ったのは、アメリカの中間選挙を前にして歌手のテーラー・スウィフトが初めて反トランプを表明し、ビヨンセがテキサスの上院議員選に際し、共和党超保守で大統領候補にもなったデッド・クルーズと接戦を演じた民主党リベラル候補のビト・オローク支持を表明して話題になったことである。

日本映画の問題

 今回私が東京映画祭で見た日本映画の多くは、残念ながら高い志を感じられず、世界観が小さすぎる映画が多かった。若い男女の周囲のチマチマした世界を見せられると、私にとってはどうでもよい話なので5分か10分で充分だと思うが、それが2時間の長編になったりすると、見せられる方も苦行である。
 現代日本社会の問題が提起されている作品もあったが、問題が羅列されているだけで、なぜそれが起こるのか、どのような影響を人々に与えているのか、その問題の本質的意味は何なのかなどを掘り下げられていないと私は感じた。そのため、私がその映画から何か触発されることはなかった。
 それは究極的に言えば、自分たちの周囲はこれで良いのかという批判的観点で社会を見て、現状を変えようという強烈な意欲が感じられないことである。そのような映画を作っている日本の映画作家たちは、自分たちの社会について普段何を考えているのかと改めて疑問を抱いた映画祭であった。