スウェーデンのアニメ作家エーリック・ローセンルンド監督トーク(1)監督のプロフィールとスウェーデンアニメ史上初の本格長編CG作品『Metropia』

[2008/10/8]

 今回から2回にわたり、先日もご紹介した東京・下北沢のトリウッドで10月10日まで上映されている特集「海外アートアニメーション@トリウッド2008秋」で開催された、スウェーデンのアニメーション作家、エーリック・ローセンルンド(Erik Rosenlund)監督を招いてのトークイベントをご紹介したい。

 ローセンルンド氏は1975年生まれ。コミックスの作家として活動、アニメーション製作を志して大学で学んだ後、2002年の作品『The Dark Side of the Morning』で本格的にアニメーターとしてデビューした。今回、ローセンルンド氏の短編3本が各プログラムで公開されているが、それらの作品や、自分のこれまでの経歴、スウェーデンのアニメーション業界事情、これからの新作などについて語ってくれた。彼の作品については、本コラム第79回で他の上映作品とあわせ紹介しているのでそちらを参照のこと。また、下記の彼の公式サイトは英語だが、各作品のスチル写真などもみられるので、あわせてご覧いただきたい。

 トークショーは、今回の特集上映の主催・配給をつとめるオフィスHの代表、伊藤裕美さんの司会・進行・通訳で9月22日と26日の2回、いずれも1時間ほど行われたが、当コラムでは22日の回を取材させていただいた。なお、文中〔〕内は当コラム筆者による補足である。

 
トークショーの舞台上にて。エーリック・ローセンルンド監督と、伊藤裕美さん
 

自己紹介

 まず、簡単に自己紹介しておこうと思います。僕はもともと映画が好きで、子どものころからコミックやマンガも好きでした。アニメーション作家になったきっかけも、映画が好きだったからなのですが、映画をやるには道具や設備の問題もあります。それで、近いところから、というとなんですが、コミックスから入り、それからマンガへと進みました。いまはアニメーターとして仕事をしていますが、23歳まではマンガの作家としても活動していて、新聞のコマ割りマンガなども描いていました。ただ、マンガの技術は独学で身につけました。

 学校で専攻したのはアニメーションです。国立芸術工芸デザイン大学のアニメーションコースで勉強しました〔スウェーデンではコンストファック(Konstfack)と呼ばれる。1844年設立、スウェーデン最大の工芸やデザインの大学で現在の学生数は900人ほど。本部や大半のコースはストックホルムにある〕。ここはデザインなども学べる工芸系の大学で、アニメーションのコースはスウェーデンの南、エクショー(Eksjö)というところにありました。そこに行く前は、1年ほど物理学を勉強していたこともありました。ただ、残念なことにこのアニメーションを専攻するコースは閉鎖されてしまい、現在のところスウェーデンでアニメーションの専門教育が受けられる高等教育機関はないのが現状です〔エクショーのアニメーションコースは1996年から2005年まで開設されていた〕。

 大学にはポストプロダクションまでできる設備が一通りそろっており、設備は365日、いつでも使えるようになっているので、便利でもあり、やりたいことができました。ここで卒業製作まで手がけました。今回上映している3本のショートフィルム〔今回の特集でも上映されている『強迫観念』(2003)、『執事』(2005)、『鏡の中に』(2007)の3本〕は卒業後の作品ですが、学生時代はもちろん、いくつか課題製作もつくっていました。『鏡の中に』の作中で、主人公の女の子がテレビをみているシーンがありますが、この画面にちらっと映っているウサギが卒業製作に登場するキャラクターです。

 先ほども話しましたが、大学以上の高等教育のレベルでアニメーターを養成するようなプログラムのある学校がスウェーデンにはありません。日本の専門学校レベルに相当するようなものはいくつかありますが、ただそこを出ただけでは、いきなりプロとして活動するのは難しいです。今回一緒に来日した、僕の作品の共同製作者のスサン・ストゥレソン(Susanne Sturesson)もフリーのアニメ作家ですが、多少教育にも携わっています。僕らはことあるごとに、いろいろな教育機関に専門家養成コースを設けてくれないか提案してはいるのですが、うまくいきません。スウェーデンにはDI(62ページ)という、ありとあらゆるクリエーターを養成するコースをもった学校があるのに、残念ながらアニメーションに関する専攻だけはないのです。

作品の製作について

 最近では、コンピューターやソフトウェアの技術が進んで利用しやすくなりました。そのおかげで、そんなに人手や手間ひまをかけず、ということはお金もあまりかけずに、プロと同じレベルで作品づくりができるようになりました。映画はつくりやすい環境になったと思います。

 そのようなテクノロジーの進歩のおかげもあり、いまは独立系の作家として活動しています。最近どんな活動をしているかお話ししましょう。いまのところ、卒業製作を含めれば4本の作品を自主製作というかたちで世に出しています。独立系の作家にとって、作品の製作資金を得ることはとても難しいことです。僕は補助金を利用していますが、補助金で作品をつくる場合、自分が作りたいものをそのままつくる、というわけにはなかなかいきません。

 たとえば『鏡の中に』はもっと絵的な感じの作風にしたかったのですが、資金援助をしてくれたSFI(スウェーデン映画協会)の女性のコミッショナーが、それまでに好評だった『The Dark Side of the Morning』(2002)〔大学卒業前に製作しはじめた作品〕や『強迫観念』のようなものの延長のような感じにしたほうがいいのではないですか?、という意見だったために、このような作風になりました。この作品では、SFIのほかに、SVT、YLE〔スウェーデンテレビ、フィンランドテレビ、いずれも両国の公共放送〕からも資金を得ています。これらの放送局では、受信料の一部を使い、映像作品製作をサポートしてくれます。

新作『Metropia』のプロジェクト

 続いて、僕の監督作ではないのですが、アニメーターとして作品製作にかかわっている『Metropia』という新作の長編についてご紹介したいと思います。

 〔できあがったばかり、といういくつかの場面のラッシュを5分ほどみせていただく〕

 いかがだったでしょうか? この作品ですが、ご覧いただいたように、写真をテクスチャー的に取り込んで使った、実験的なCG映像の作品です。監督はスウェーデン人で、タリック・サレという人です。僕は監督ではありませんが、アニメーターとして作品のかなりの部分に関わっています。この作品は2009年の春に公開予定です。いまその仕事の真っ最中でとても忙しいです。実はいまも、ここにいらっしゃる今回のコーディネーターで通訳の伊藤さんにモニターなどをお借りして、スサンと2人、作業にかかりきりなんです。それで、せっかくの日本旅行なのにほとんど観光もしていません。この間ジブリの森美術館に行ったくらいです。ちなみにチケットはイギリスの旅行会社で予約しました。いまやジブリ美術館は、外国人の間でも定番の観光地なんです(笑)。

 作品の話に戻ります。この作品はスウェーデン、ノルウェー、デンマークの共同製作です。これだけの規模のものになると、北欧の一つの国だけでつくる、というのは難しいことになります。予算は350万ユーロ〔2008年9月末のレートで日本円に換算するとおよそ5億2千万円ほどになる。この金額については、司会の伊藤さんによれば日本ではCG作品でこれだけの予算が付くということはかなり大きな作品になる、とのこと。ヨーロッパでは長編作品は日本円で10億円くらいが平均のレンジで、6億円程度だと低予算とされるので、この作品はそれほど大作というわけでもないそうだ〕。

 近未来の架空のヨーロッパの街が舞台になった作品です。アトモ(Atmo)というスウェーデンのプロダクションがつくっています。これまでスウェーデンでは、CGIアニメーションは子供向け作品ではいくつかあると思うのですが、大人向けの本格的な長編作品は、この作品が最初のものになると思います。

 日本で公開できるかどうかはまだわかりませんが、皆さん、ご期待下さい。

〔『Metropia』について補足:まず、あらすじから。近未来の恐怖に支配されたヨーロッパが舞台。石油が枯渇した世界で、ヨーロッパには地下に巨大な地下交通網が張り巡らされている。スウェーデン郊外のロジャーはこの「地下鉄」に乗るのをやめようとする。乗っていると不快だし、たまに頭の中に奇妙な声が聞えるのだった。ある日、ロジャーは自分の生活が細部までコントロールされていることに気づき、そこから自由になろうと試みる。成功するにはスーパーモデルのニーナの助けが必要だった…。

 このように、ジャンル的には近未来SFとなる本作の監督のタリック・サレ(Tarik Saleh)は1972年生まれのエジプト系スウェーデン人。スウェーデン市内、セーデルマルムの出身で、もともとグラフィティ・アーティストだった。エジプトのカイロで雑誌を創刊したり、その後スウェーデンに戻ってテレビ番組のホストをつとめたりした後、2000年3月にアトモの創設者の一人となる。その後、アトモでいくつかの短編アニメーションを手がけた後、アトモ・アニメーション・スタジオを立ち上げて今回の長編に挑んでいる。

 主な声のキャストは、主人公のロジャー役にヴィンセント・ギャロ、ヒロインのニーナ役にジュリエット・ルイス、そのほかステラン・スカシュゴート(224ページ)、ステランの息子の俳優アレクサンデル・スカシュゴート、ウド・キアー(227ページ)らと、かなり豪華なメンバーがそろっている。また、スウェーデン国内での配給はSandrew Metronome、海外セールスはデンマークのTrust Filmで、共同製作にはラース・フォン・トリアー(218ページ)作品で知られるZentropa、近年多くのスウェーデン映画を手がけるFilm i Västなどの名前もみられ、(北欧としては)そうそうたる製作・販売体制がとられていて、スウェーデン(たぶん北欧でも)初の大人向けの長編CG作品としての意気込みが伺えるようだ。まだ秘密のようだが、技術面でも画期的なテクノロジーが使われたりしているらしい。SFIのリリースでは、スウェーデン国内では2009年2月20日にプレミアだそうだが、完成が楽しみな作品である。プロダクション、アトモの公式サイトには本作についての情報や、スチル写真も掲載されているので、英語のサイトだが興味のある方はご覧を。〕

 今回はここまでだが、いかがだっただろうか。次回はスウェーデンのアニメーション業界や、ローセンルンド監督のオリジナル新作、お客さんとのQ&Aのようすをご紹介したい。また、今回の特集上映も10月10日までと残りあとわずか。ご覧になりたい方は劇場へお急ぎを。

 

 

『Metropia』© Atmo 2008
エーリック・ローセンルンド監督公式サイト(英語):http://www.erikrosenlund.com/
「アトモ」公式サイト(英語):http://www.atmo.se/zino.aspx
「海外アートアニメーション@トリウッド2008秋」公式サイトhttp://homepage1.nifty.com/tollywood/office_h_2008/office_h_2008.html

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