Dシネマ映画祭でデンマーク作品が受賞

[2008/8/21]

 7月19日から27日まで埼玉県川口市のSKIPシティで開催された「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」でデンマークのアナス・モーゲンターラー(Anders Morgenthaler)監督作品『記憶の谺(こだま)』(Ekko: 2007;本コラム第74回参照)が審査員特別賞に選ばれた。少し遅くなったが、今回はDシネマ映画祭での本作の上映や授賞式などについて取り上げる。

『記憶の谺』作品と上映について

 筆者も作品をみたので、少し詳しく中身を説明しよう。

 離婚によって一人息子ルーイーの養育権を奪われた警官のシモンがその息子を連れ去り、人里離れた水辺のサマーハウスへ忍び込む。食料がなくなり、スーパーに買い物に行くシモンとルーイー。誘拐犯であることがばれないよう、シモンはドイツ人観光客を装うがレジのアンジェリクに気づかれてしまう。恋人にふられ、行き場のなかった彼女もこの親子に無理やり加わるのだった。そして、この家が実はシモンが子ども時代に住んでいた家で、長年の間に人手に渡り、そして当局に差し押さえられて空き家になっていることが明かされる。シモンは当時、父親からひどい虐待を受けており、ついには溺れる父親を見捨てて溺死させてしまう。そのトラウマが悪夢となって毎夜あらわれ、それが現実の世界にもとびだしてついにはルーイーにまで襲いかかろうとするのだ。そして最後は意外な形で結末を迎えるのだが、今後作品をみる機会がある方もいるだろうから触れないでおこう。

 シモンに取りついた悪夢は恐ろしいが、舞台は水辺のサマーハウス。季節は夏で、美しい風景が描かれる。ルーイーはノートを持っていて、そこに時おりカラーマーカーで絵を描くのだが、アニメ作家のようにノートの隣り合うページに連続したコマで書き、それをぱらぱらやって書いた絵を動かす。このあたり、アニメーターでもある監督の幼少時代の思い出なのかもしれない。そのあたりのことを作品上映後のQ&Aではぜひ伺いたかったが、残念ながら監督は次作の準備ということで来日しておらず、他の関係者も来ていなかったために作品について聞くことができなかった。上映は2回行われたが、1回目は祝日ということもあってたくさんの観客が来場、2回目の上映は平日の午前中ということもあって空席が目立ったが、こちらの回の方が観客の反応はよかったのではないだろうか。

授賞式のようす

 27日のクロージングセレモニーで行われた授賞式ではデンマーク映画協会(DFI)の映画祭担当マネジャーと本作のプロデュ-サーのボイスメッセージが流された。まず、映画祭担当マネジャーのクリスチャン・レムケの「この受賞はDFIにとっても名誉です。来年もまたいい作品をお届けします」という言葉に続き、本作プロデューサーのサリータ・クリステンセンの「すばらしい賞をいただいて感謝しています。この作品にとって最初の受賞で、非常にうれしく思います。どのいう効果を使い、どういうふうに作品の世界を重層的に表現したかというこちらの意図を、汲み取っていただけて、とても意味のある受賞になりました」というコメントが流された。

 続いて、プレゼンターの長編部門審査員、リカルド・デ・アンジェリス(Ricardo De Angelis)氏から「この作品はデジタル・シネマでありながら、美学的にも高いレベルにありました。このような形で、さまざまにデジタル・シネマが存在していることを、うれしく思います」という講評があった。

 次に、北欧以外の受賞作品についてもご紹介しよう。本作と同じ審査員特別賞にフランスのジャン・ルイ・ミレジ(Jean-Louis Milesi)監督の『リノ』(Lino:2008)、脚本賞にエストニアのイルマル・ラーク(Ilmar Raag)監督の『ザ・クラス』(Klass:2007)、監督賞にスペインのホセ・エンリケ・マルチ(Jose Enrique March)監督の『ガブリエルが聴こえる』(Escuchando a Gabriel:2007)、最優秀作品賞にアメリカのステファン・シェイファー(Stefan C. Schaefer)/ダイアン・クレスポ(Diane Crespo)監督の『幸せのアレンジ』(Arranged:2007)が選ばれた。

 これらの中ではいじめの問題をシリアスに描いた『ザ・クラス』はフィンランドのお隣りの国、エストニアの作品で、海外へのディストリビュートはスウェーデンの配給会社が手がけている(映画を見ていて気づいたが、エストニア語は非常にフィンランド語に近い言語のようでもあった)。また、『幸せのアレンジ』は小学校の教師をつとめる敬虔なイスラム教とユダヤ教の家庭の若い女性2人が主人公の友情物語。宗教や民族の違いを尊重しながらお互いを理解し、それぞれの結婚へと進んでいくようすをコメディタッチをまじえながら描いたロマンス映画。重くなりがちなテーマを軽やかに、爽やかに描いていて好感がもてる作品である。ちなみに『幸せのアレンジ』の作品のシェイファー監督は、なぜかアイスランドの監督、オーラフ・ヨハンネソン(Olaf de Fleur Johannesson)監督の2本の作品でプロデュースを手がけたり出演したりしている。ちょっと強引だが、そんなことでこの2本、少し北欧つながりの作品というところもある。

 その他各受賞作品の詳細については、下記映画祭公式サイトを参照。

 

5回目を迎えたDシネマ映画祭

 2004年に始まったこの映画祭だが、今年で5回目を迎えた。ちなみに今年は75の国・地域から693作品の応募があったという。この5年の間、国際コンペティションでは海外の若手~中堅どころの作品の紹介という意味では一定の役割をはたしてきたように思う。デンマーク作品『ある愛の風景』(本コラム第67回参照)のように日本で劇場公開される作品も増えてきたし、昨年9月には、米国の映画業界専門紙Varietyのスタッフが選ぶ「見逃せない世界の映画祭50」に日本の映画祭から唯一選ばれた(英語だが、下記にその記事のページへのリンクを掲載しているので興味のある方はご覧を)ように、専門家からも一定の評価が得られるようになってきているのではないか。この50選に入った理由はというと賞金総額(長短編合計で1700万円に達する)もさることながら、デジタルの素材を、最新鋭の高解像度プロジェクターで大きなスクリーンに映しだせるという、上映設備のすばらしさが評価されていることも大きい。

 昨年技術賞を受賞したデンマーク作品『スカイマスター、空とぶ一家のおとぎ話』(本コラム第61回参照)の監督たちも言っていたし、今年参加した作品の監督も言っていたことだが、デジタルで撮影した自分の作品を、デジタルのままで大きなスクリーンに映写してみたのはこの映画祭が初めてで、それをみてつくった本人がショックをうける、ということがけっこうあるのだ。HDカメラなど、デジタルで映画を撮影したり編集したりすることはもはやそれほど珍しいことではない。そのほうがむしろ製作のための時間やコストが抑えられるようすらなっている。だが作品をデジタル素材のまま映写するシステムはまだまだコストも高く、既存の商業館には普及していないのが実情で、この映画祭への参加作品の多くも他の映画祭ヘの参加や劇場公開では、フィルムに転写した状態で上映されることになる。その点でこのDシネマ映画祭の優位性というか、ユニークさは確かにあると思うのだが、今後デジタルの上映用機材が普及して、他の映画祭でもデジタルでの応募が認められるようになってきたらどうだろうか。主催者側の埼玉県知事や川口市長は「10回続ければあとはずっと続くんじゃないでしょうか」などともいうが、設備面だけでなく、デジタルであること以外にも映画祭としての特色を出す努力がないと難しいのではないか。

 もうひとつ気になるのは、観客の少なさである。今回も、休日でも満席になることはなく、平日の上映では空席が目立った。また、夏休みの催しなのだから、中高生を中心に子どもたちもみに来てよさそうなものだし、そういう年代の観客にこそみせたい『ザ・クラス』のような作品も上映されているのだが、まったく姿が見えないのは残念だった。会場がちょっと不便な場所にあるというハンディはあると思うのだが、たとえば中高生に優待券を配るとか、交通の便利な川口の駅前にサブ会場を設けて、コンペ作品は難しいかもしれないが、なにか過去の作品の特集上映のようなことをやるとか、もっとたくさんの人に気軽に作品をみてもらえるような工夫はできないだろうか。また、今回、『記憶の谺』だけでなく最優秀作品の『幸せのアレンジ』も関係者の来日がなかったのだが、これもせっかくの映画祭なのにがっかりしてしまうことの一つだろう。誰か一人は必ず関係者に来てもらって、Q&Aだけでなく、もっとたくさん作品について語ってもらう、聞くことのできる機会を設けることも必要ではないか。

 願わくば、同じ埼玉県で浦和や大宮にサッカーがあるように、川口には映画祭がある、と地元の人たちが誇れるような存在になるまで盛り上がってほしいものだと思う。とりあえずのところは、来年、(北欧の作品にかぎらず)どんな作品がみられるのか楽しみにしたい。

クロージングセレモニー授賞式後に並んだ受賞者と審査員の皆さん。
前列左側がイルマル・ラーク監督、後列左から4人目が『記憶の谺』の講評をしたリカルド・デ・アンジェリス氏

映画祭公式サイト:http://www.skipcity-dcf.jp/index.html

Variety「見逃せない世界の映画祭50」(英語):http://www.variety.com/index.asp?layout=festivals&jump=features&id=2662&articleid=VR1117971644

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