「世界の果てのビートルズ」とその映画化作品 |
[2006/5/1] |
ちょっと遅くなってしまったが、今年1月末に、新潮社クレスト・ブックスの1冊として「世界の果てのビートルズ」が刊行された。多くの新聞・雑誌ですでに紹介されているので、すでにご存じの方も多いだろう。詳細はぜひ、直接手に取ってご覧いただきたいが、本書はフィンランド系のスウェーデン人作家、ミカエル・ニエミ(Mikael Niemi)による、自伝的な小説である。 邦訳は残念なことに英語版からの翻訳だそうだが、原著はスウェーデン語で、原タイトルは“Populärmusik från Vittula”という。直訳すれば「ヴィットゥラからのポップミュージック」ということだが、英語版のタイトルもこの直訳(Popular Music From Vittula)だ。邦題を見てなにかビートルズの曲にちなんだ内容を想像して、本書を手に取った読者は、ちょっと肩すかしを食ったかもしれない。だがビートルズのほか、プレスリー、ジミヘンなどなど、1960年代から70年代にかけての、創成期のポップ・ミュージックにあこがれる田舎の少年たちの青春や日常などが、ノスタルジックに描かれた、なかなかいい作品である。 ところで、この作品の舞台となっているのはスウェーデンの北部、ノルボッテン・レーン(Norrbotten län)にあるパヤラ・コミューン(Pajala kommun)という実在する小さな町だ。現在の人口は7200人ほどという。10キロほど東はもうフィンランドとの国境で、フィンランド系やサーメ(ラップ)の人々も多く暮らす地方。パヤラから150キロほど南、ボスニア湾まで南下すれば、海岸沿いに本コラム第4回で紹介した映画『歓びを歌にのせて』の舞台となったルーレオのような都市や、フィンランドの都市トルニオと国境を接するハパランダという交通の要衝となっている町などもあるが、パヤラは過疎の進んだ田舎町である。この地方では小説が描いた時代の頃はまだ、スウェーデン語よりもフィンランド語の方が当たり前に使われていたというが、学校ではスウェーデン語を使うことを強制されていたそうだ。この辺の事情は、同じ地方を舞台に、この小説の少し前の1950年代を背景にした、フィンランド人映画監督クラウス・ヘーレ(217ページ)の映画、「Elina: As If I Wasn't There」(180ページ)でも描かれているところでもある。 このミカエル・ニエミの作品は、スウェーデンでベストセラーとなり、フィンランド語はもちろん英語など多くの言葉に翻訳されたうえ、映画にもなって多くの人が映画館に足を運んだ。今回はこの映画について紹介しよう。 映画のタイトルは原作と同じだが、フィンランドとの合作。監督はイラン出身のレザ・バガー(Reza Bagher)である。1958年生まれで、17歳の時に機械工学を勉強するためスウェーデンへやって来たが、ストックホルム大学で映画を学び、2002年にイラン移民2世の少女の恋を描いた「Wings of Glass」(Vingar av glas)で長編劇映画デビューをはたし、本作が長編3作目となる。 キャストの方は、主役の少年、マッティとニイラ役にはそれぞれ、マックス・エンデルフォッシュ(Max Enderfors)とアンドレアス・アフ・エネヒエルムス(Andreas af Enehjelm)がキャスティング。マックスは1986年、ストックホルム生まれ。出演当時は高校の演劇コースに在籍していた。アンドレアスは1987年、ヘルシンキ生まれ。スウェーデン系のフィンランド人で、バンドでヴォーカルとギターを担当しているという。彼のバンドはラジオ番組などで賞を受けるくらい実力があるらしい。どちらも長編劇映画の主演は初めてである。 ほかに、少年二人にギターを教える高校の音楽教師、グレーゲル役にビョルン・シェルマン(224ページ)、ニイラの母親役でアキ・カウリスマキ(228ページ)作品でもおなじみの女優カティ・オウティネン(229ページ)が出演。さらに『田舎の結婚式』(107ページ)、『ハンター』(118ページ)など日本で公開された作品にも多く出演しているヤルモ・メキネン(Jarmo Mäkinen)がニイラの父親、イーサック役に。そしてマッティの両親役だが、父をヨーラン・フォシュマルク(Göran Forsmark:『あの日の出来事』(110ページ)、『ハンター』(118ページ)をはじめ、多くの作品に出演するベテランスウェーデン人俳優)、母をカリーナ・ヨハンソン(Carina Johansson)が演じている。また、『エヴァとステファンとすてきな家族』(159ページ)にエリザベート役で出演したリーサ・リンドグレーン(Lisa Lindgren)が小学校の先生役をつとめる。このように、スウェーデンとフィンラドから、かなりの豪華キャスティング、といえるのではないだろうか。最後に、ナレーションを担当しているのは、原作者のミカエル・ニエミ本人である。 邦訳版「あとがき」でも触れられているが、本と映画のヒットのおかげでこの「世界の果て」のパヤラという町、一目見ようという観光客がずいぶん増えたそうだ。そんな人々のために、地元ツーリスト・インフォメーションでは、観光ガイドのページも設けられているほど(下記参照)。この夏、スウェーデン旅行をお考えの方、ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか? でも、原作の「ヴィットゥラ」という言葉、これも「あとがき」に詳しいので、どういう意味かはそちらをみていただくとして、スウェーデンに行ってから、あんまり人前で口にするべき言葉でないことだけは確かだ、と思う。 |
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